萩市立地球防衛軍★KACその⑥【焼き鳥が登場する物語編】

暗黒星雲

焼き鳥屋の焼き鳥君は今日も焼き鳥を焼く

 俺は焼き鳥屋だ。毎日毎日、屋台で焼き鳥を焼いている。使うのは長州どり一択だ。他の産地のものを使うなんて考えられねえ。味云々じゃねえんだ。故郷を愛するって事さ。郷土愛。それしかねえだろ。


 そんな俺のあだ名は〝焼き鳥〟だ。毎日毎日、焼き鳥を焼いてりゃその匂いも体に染みついてしまう。スーパーで買い物してる時も、ガソリンスタンドで給油してる時も、俺の体からは焼き鳥の香ばしい匂いが漂っているんだとよ。


 そんな俺の屋台にも常連さんがいるんだ。結構な美人さんも何人かいるんだぜ。今、目の前にいるコスプレお嬢さんもその一人さ。


「ねえおっちゃん。今日はさ、焼き鳥じゃなくて豚バラって気分なんだよ。塩コショウで。飲み物はウィスキーのチューハイ割りで」


 出た。ウィスキーのチューハイ割り。どんな味覚してんだか知らねえが、このお嬢さんは何をどんだけ飲んでも酔った試しがねえ。


「なあ。おっちゃん。どこかにイイ男、転がってねえかな?」

「ははは。もし転がってる男がいるなら、そいつはホームレスだぜ」

「だよな。あたしって、男運が悪すぎなんだよな」


 また始まった。彼女が振られたいきさつを延々と聞かされる訳だが、話はそれなりに面白いし、たくさん注文してくれるから結構ありがたいんだ。


「あー、いっぱい喋っちゃったね。この事は内緒でね」


 もちろん、誰にも喋らねえぜ。このお嬢さんとの会話は、俺の大切な一時だからな。


 次に来たのは金髪のスリム美女と、ロケットおっぱいが眩しい悩殺美女。この二人も常連さんなんだが、今日は女だけだ。いつもは脂ぎった金持ち男がくっついて来てるんだが。


「焼き鳥のオジサマ。いつもの、お願いね」

「へい」


 このお姉ちゃんの、いつものってのはスパークリングワインだ。銘柄にこだわりはないようなので、俺はいつも島根ワインを仕入れてる。島根は隣の県だが、これも郷土愛の一環だ。


「ああ。今夜は不作だったわね」

「はい」

「どいつもこいつも、割り勘だの払えねえだの」

「ですわね」


 貢ぐ君に出会えなかったらしい。俺だって大金持ってりゃ、こんな美女に貢ぎたいねえ。


 二人でフルボトル一本をほぼ一気に空け、彼女達は席を立ってしまった。普通はもう少し話し相手になってくれるんだが、今夜はどうもご機嫌斜めなようだ。


 続いて訪れたのは青年が二人だ。この二人も常連さんなんだぜ。一人は黒人で、綾瀬重工の社員。もう一人は何と、あの綾瀬重工の御曹司だ。こんな上客が常連だなんてな、俺の屋台がイケてる証拠だろ?


「焼き鳥のおっちゃん。俺はレモンチューハイとねぎまと皮と砂ずりね」

「俺はハイボールと手羽先三本」

「あいよ」


 この黒人青年はなかなか根性が座ってるんだ。綾瀬の社員でありながら、そこの御曹司にへりくだったり卑屈になったりしねえし、時には厳しく叱ったりしてるしな。男気があるつーの? ま、男の俺から見ても惚れちまいそうないい男だな。


「へへへ。上手く逃げれたな」

「そうですよ。総司令に捕まったら、もう一晩中連れまわされて飲み代を払わされますからね」

「アレには付き合えんからな」


 嫌な上司から逃げて来たらしい。その気持ちは良くわかるぜ。しかしな、明日の朝は気をつけろよ。つまんねえ一言で地獄を見ることもあるからな。


「正蔵さま。こんなところで何をしてるの?」


 いきなり三歳の女児が現れた。隣には金属製のアンドロイドが付き添ってる。この子の名は、確か椿だったはず。


「椿さん、ごめんね。焼き鳥たべる?」

「いただきます。もう、私をほっといて合コンに行くなんて、許さないんだから」

「ごめんね。黒猫さんに付き合ってって言われたんで」


 三歳の椿ちゃんが黒人青年を睨んだ。黒人の彼はこの子に頭が上がらないようで、ひたすら謝っていた。


「すみません。どうしても外せない用事だったものですから」

「次からは私も誘ってくださいね。約束ですよ」

「はい。わかりました」


 椿ちゃんはまだ幼いのに結構激しい性格らしい。しかし、三歳の女の子を合コンに連れて行くのもどうかと思うんだがな。


「焼き鳥さん。またね」

「ああ。ありがとな」


 青年二人と女児とアンドロイドが屋台から離れて行く。こういった常連さんとの付き合いってのは楽しいものだ。だから俺は、常連さんを大切にしてるんだぜ。おっと、一見いちげんさんをおろそかにしてるって訳じゃねえぞ。常連さんの好みや社会的立場なんかをしっかり把握して、気持ちよく食事してもらおうって話だ。俺の一言で気分を悪くする事だってある。そうならない為にも、俺の脳内コンピュータに様々な情報をインプットしてるって訳だ。


 夜も更けて、そろそろ店じまいをしようって時間になった。俺はテキパキと片付けを始めた。ゴミの分別、食器の洗浄などやる事は多い。あらかた片付いたところで複数の人物に屋台を囲まれた。この雰囲気は客じゃねえ。


「すみません。もう店じまいなんで」


 一応、お断りの文句を言ってみたわけだが。もう三月だってのに分厚いロングコートを着てるってだけで怪しさ満点さ。そんな連中が俺を囲んでいる。六人だ。俺の直感は「ヤバイ」って警報を鳴らしていた。


「焼き鳥屋の焼き鳥君だね」


 背の高い男が声をかけてきた。確かに俺のあだ名は焼き鳥だが、その聞き方はねえだろう。


「あーすまないね。通常ならば名前を聞くところだが、あいにく作者が無精でね。君の名前をまだ考えてないんだ」


 そうかよ。無精者は困るぜ。さっさと俺の名前くらい考えやがれ。このスカポンタンめ。


「もう一度聞くよ。君は焼き鳥屋の焼き鳥君だね」

「ああそうさ。何か用か? もう店じまいしちまってるんだが」

「焼き鳥に用はない……いや、君には用があるんだが、君の焼く焼き鳥は不要って意味だよ」

「わかった。で? 何の用だ?」


 背の高い男がにやりと笑った。その傍にいた、小柄な女が話し始めた。


「貴方には協力して欲しいの。常連客の情報を提供してくれないかしら。誰が誰と訪れたか、どんな会話をしていたか」

「ふん。御免だね。俺はお客様の情報を誰にも話さない。誰にも漏らさない。それが俺の矜持だ」


 今度は背の高い方が口を開いた。


「報酬は弾む。こんな屋台をやっている事がばかばかしくなるくらいのな」

「舐めるな。俺は金じゃあ動かねえよ。それに、悪魔に魂を売るつもりはない」

「ほう」


 背の高い方が顎をしゃくる。小柄な女はそれに頷き、俺に近寄って来た。その瞬間、俺は背筋が氷付くような恐怖を味わった。どうしてこんな、小柄な女に恐怖するのか自分でも理解できない。


「来るんじゃねえ。警察を呼ぶぜ」

「どうぞ、ご自由に。呼べたらいいわね」


 薄笑いを浮かべる女。青白いその肌が、更に恐怖を駆り立てた。


 女は右手を俺に差し出した。

 俺の顔の前で手のひらを開く。


 そして突然、その手が崩れた。

 それは人間の手ではなかった。うねうねと動くミミズの集合体だった。


 そのミミズが一気に、俺の顔にかぶさった。耳、口、鼻の穴からミミズが体の中に入ってくる。助けを呼ぼうにも声が出せない。呼吸すらできなくなっていた。


 俺の人生、これで終わった。そう思った瞬間、子供の声がした。


「ちょっと痺れるが我慢しろ」


 痺れる?

 我慢?


 何の事だ?


 少しの疑問を抱いた後、激しい電気火花が眼前に弾けた。落雷か何か、強烈な電気が流れたのだろうか。もちろん俺の体も痺れ、数秒間は痙攣したのだと思う。


 目を開くと、金髪でツインテールの小学生女子がいた。彼女の周囲には、先程の怪しい男たちが倒れていた。数を数えてみたが、二人足りなかった。


「大丈夫ですか?」


 声をかけてきたのは、萩校のセーラー服を着ているおさげが可愛らしいJKだった。


「大丈夫だと……思います」


 俺の周囲には、黒焦げになっているミミズの死体が散乱していた。これは一体、何なんだ?


「こっちを見て」


 おさげのJKに見つめられた。地味な見た目だが、結構可愛いじゃないか。俺にもこんな娘がいたらよかったのにな……。


 ……

 ……

 ……アレ? 俺はどうした?


 何か、ものすごく怖いものを見た気がするし、体がビリビリ痺れた気もする。しかし、何があったのかさっぱり覚えていない。狐につままれたような不思議な感覚だ。


 まあいい。早く片付けて寝ちまおう。明日からも、焼き鳥を焼かにゃならんからな。


 彼は焼き鳥屋のおっちゃんで、あだ名は焼き鳥君だった。この夜、彼は侵略宇宙人のメドギドとアルゴルに襲われたのだ。アルゴルの体はミミズのような環形動物の集合体であり、その一部を相手の体内に侵入させることで、対象を意のままに操ることができる。焼き鳥屋の焼き鳥君がアルゴルに操られそうになったその時に現れたのが、萩市立地球防衛軍隊長のララだった。


 ララが放った電撃により、アルゴルを構成するミミズの約半数が死滅し、メドギド以外は気絶した。メドギドは生き残ったアルゴルを抱え、気絶した者は放置して逃亡した。


 この、異星人の襲撃は一般人に開示してはいけない情報とされているため、焼き鳥君の記憶は消去された。消去を実施したのは、萩校のセーラー服を着ていた最上である。


 何故か萩市立地球防衛軍のメンバーに気に入られていた焼き鳥屋の焼き鳥君であるが、彼の常連客を大切にするという矜持が、結果的に地球防衛につながったのである。 

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