ベンチのふたり

ふるふる

ベンチのふたり

「もしかして、美代ちゃん?」

私が声をかけると、その女性は目を丸くした。

「菊ちゃん!?」

女性が私の名を呼び、私たちはゆっくりと抱き合った。


美代ちゃんと出会ったのは8歳の時だった。

都会から引っ越してきた美代ちゃんはオシャレで大人びて見えた。

高嶺の花だと思った美代ちゃんだったが、話してみると意外と親しみやすかった。

同じキャラクターが好きだったことがきっかけで仲良くなった。

公園のベンチがお気に入りで、いつもそこでおしゃべりしていた。

私は手芸が好きで、手作りのマスコットやアクセサリーを美代ちゃんに見せていて、時々あげることもあった。

美代ちゃんは絵本作家になるのが夢で、私にいろいろなお話を聞かせてくれた。

特にヘビのお姫様が冒険するお話が好きだった。

ある日、いつものようにベンチに座っておしゃべりしていると、知らないおばさんに話しかけられた。

「公民館に行きたいんだけど、どっちかわかる?」

私たちは「まっすぐ行って1つ目の角を右に曲がると左側にあります」と答えた。

「ありがとう。しっかりしてるのね、いくつ?」

おばさんの問いに私たちは声を合わせて

「8歳!」と答えた。


「美代ちゃん、こっちに戻ってたの?」

私の問いに美代ちゃんがうなずく。

私は美代ちゃんの手を握った。

白魚のような手だったのにシミとシワだらけになっている。

「主人が亡くなってね、妹のところにお世話になってるの」

美代ちゃんは結婚と同時にこの街を出て行った。

手紙は3年ほどで途絶え、風のうわさで旦那さんがあまり良い人ではないのだと聞いた。

「じゃあ、ここに住んでるのね」

美代ちゃんはうなずいた。

そして、ポロポロと涙を流す。

「菊ちゃん、ごめんね。連絡できなくて」

私は美代ちゃんの手を強く握った。

「いいの。いいのよ」

私は美代ちゃんを抱きしめ、背中を撫でた。

「あのベンチ、まだあるのよ。痛んで新しいものに変わったけど、場所はそのままなの」

美代ちゃんの手を引いて公園へ向かう。

公園のベンチを見て美代ちゃんは「あらまあ」と言った。

あの頃のように2人並んで腰掛ける。

それから、私たちはまたこのベンチに座っておしゃべりするようになった。

私は美代ちゃんに私が作った刺し子のコースターを見せる。

美代ちゃんはスケッチブックに描いたすみれの絵を見せてくれた。


「すみません」

40代くらいの女性に声をかけられる。

「公民館に行く道を教えてほしいんですが……」

私たちは「まっすぐ行って1つ目の角を右に曲がると左側にありますよ」と答えた。

「ありがとうございます。お元気ですね。おいくつなんですか?」

女性の問いに私たちは声を合わせて

「88歳です」と答えた。

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