最強ドラゴンハンターのコーヒー料理

水曜

第1話

 舌がひりつくような熱いコーヒー。

 それだけあれば人生は充分に幸福だ。


「ふう。このコクにこの苦み……完璧だ」


 カフェのカウンターで、最高の一杯をあおる。

 異世界からの勇者によって専用の豆が持ち込まれてからというもの、すっかりコーヒーを飲む文化は定着した。冒険者から王族に至るまで、誰も彼もが口にする欠かせないものとなった。俺も毎日、香りと味を存分に楽しんでいる。お茶の時間は数少ない至福の時間だ。

 個人的に言わせてもらえれば、勇者の最大の功績は魔王退治などではなくコーヒー文化を持ち込んだことである。


「あの、すいません。もしかして、『竜殺し』のジークフリードさんですか?」


 俺のコーヒータイムは若い女性の声によって中断される。

 ローブを着た魔法使いの格好をした少女だ。


「確かにジークフリードは俺だが。君は?」

「はい、冒険者のアイヒっていいます」

 

 アイヒはとんがり帽子をかぶった頭をペコリと下げる。


「伝説のドラゴンハンターと名高いジークフリードさんが、氷の術を使える魔法使いを募集していると聞いて参りました」

「ああ。次はレッドドラゴンを標的にしているからな。その備えだ」

「氷の魔法なら得意です。どうか私を連れて行ってください!」


 熱意に満ちた瞳にじっと見つめられる。

 実力のほどは分からないが、やる気だけは充分なのは伝わってくる。


「とりあえず座ってくれ。コーヒーでも奢ろう」

「あ、その……」

「ん?」

「すいません、コーヒーはちょっと苦手で」

「ほう」


 緊張した面持ちで少女は隣の席に腰掛ける。

 とりあえず、俺は一番大切なことを真っ先に訊いた。 


「アイヒ」

「は、はい!」

「何で、君はコーヒーが苦手なんだ?」


 え。

 質問ってそこなの?

 という感じの顔をアイヒはした。


「嘘偽りなく正直に答えてくれ。大切なことなんだ」


 少なくとも、大のコーヒー党である俺にとっては。


「それはその、コーヒーって苦いじゃないですか」

「苦いな」

「それに熱いじゃないですか」

「熱いな」

「私は苦いものって駄目で、ましてやこんな夏の暑い日に熱い飲み物はちょっと」


 ある意味、気持ち良いくらいの全否定だった。

 俺はふっと笑う。

 


「採用だ」

「ジークフリードさん?」

「今回のクエストは君のような人物にこそ一緒に来てもらいたい。よろしく頼む」

「は、はい! ジークフリードさんの竜討伐に同行できるなんて光栄です!」


 竜討伐。

 ドラゴンハンター。

 伝説の竜殺しだと人は俺のことを称える。


 実は俺は一度たりとも竜そのものを狩ろうと思ったことはないのだが。

 まあ良いか。

 すぐに分かるだろう。


 俺とアイヒは数日をかけてレッドドラゴンの巣に足を踏み入れた。


「あの、ジークフリードさん……」

「何だ?」

「えっと、何をしているんですか?」

「見ての通りだ」


 成果は上々。

 無事に目的を果たして、俺達は戻ることができた。


「ほら、アイヒ。新作のコーヒーだ。これを氷の魔法で冷やしてくれ」

「え、コーヒーを冷やすんですか? そんなの初めて聞きました」


 驚きながらも、アイヒは魔法で氷を生み出す。

 きんきんに冷えたコーヒー。

 俺はそれをグラスに入れてテーブルに置く。砂糖とミルクも添えた。


「名付けてドラゴンアイスコーヒー。さあ、飲んでみてくれ」

「いや、前も言った通り私はコーヒーは」

「大丈夫。騙されたと思って」


 おそるおそる。

 アイヒはグラスに口をつける。

 すると少女は驚きに目を見開く。


「美味しいです! 苦いけど、味がまろやかで!!」


 舌がひりつくような熱いコーヒー。

 それだけあれば人生は充分に幸福だ。

 だが、そこに安住していては進歩も発展もない。

 

 コーヒー文化を更に広めるため。

 常々、俺は夏に合うコーヒーを模索してきた。これだけ美味い飲み物なのだ。冷やしても美味いに決まっている。更に最適な豆にもこだわった。ドラゴンの胃の中で発酵させたものは最上の風味を持つ。

 だから、彼らの巣に赴いて排泄物の中から豆を失敬してきたのだ。

 

 これが俺が竜を標的とする最大の理由である。 


 しかも、今回はそれだけではない。


「更に、こんなものも作ってみた。ドラゴンコーヒーのベーグル」

「わあ。ほのかにコーヒーの香りがして美味しいです!」

「お次には、ドラゴンコーヒー煮のドラゴン肉」

「お肉がとろっと舌の上でとろけます!」

「ドラゴンコーヒー田楽」

「田楽!?」


 まだまだある。

 ドラゴンコーヒーのマリネ。

 ドラゴンコーヒーのキッシュ。

 ドラゴンコーヒーの……エトセトラエトセトラ。


 コーヒーはスパイスとしての香りづけや臭みを消すのにも使える。

 此度用いたドラゴンのコーヒーならば、その効果は何倍にも跳ね上がること請け合いだ。



「はあ。コーヒーって奥深いものなんですね」

「気に入ってもらえたようで何よりだ」


 俺が用意したドラゴンコーヒーのフルコースを、アイヒはぺろりと平らげた。

 そこには、もうコーヒーを毛嫌いしていた面影はない。

 コーヒー好きとして、これ以上の名誉はない。


「では、最後にデザートだ。ドラゴンコーヒーゼリーを、さあ召し上がれ」 

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