積雪怪獣・ユッキーナ~首都冬眠~

楠本恵士

冬の日の怪獣

 冬のある寒い朝──その怪獣は、突如現れた。


 首都東京上空……灰色の雲の中から、ゆっくりと下降してきて空中に留まった。

 怪獣サイズの巨大な雪の結晶……それが、怪獣の姿だった。

 雲の隙間から漏れる太陽の光りを反射して、結晶怪獣はキラキラと輝き多くの都民が、その姿を写した。

「きれいだね……あの怪獣」

 ベンチで並んで座るカップルが、雪の結晶怪獣を眺める。

 吐く息が白い中、温かい缶コーヒーを飲みながらカップルは、一つのマフラーを二人で首に巻いて身を寄せる。

 女が言った。

「なんか、寒くなってきたね……あっ、雪」

 空から降り続ける雪は、やがて都内全域を白く塗りつぶす。

 その日のニュースで、都内の積雪に関する最大級の警報が発令された。


 メディアは一斉に、東京の大雪に関する情報へと変わる。

《今までに東京都民が経験したコトが無い、未曾有の大雪が積もる危険が出てきました……不要な外出は控えてください、慣れない雪道にご注意ください》

 都会の雪に最初は、はしゃぐ子供たち。


 数センチの積雪で、パニックになる都市機能。

 慣れない雪道で、次々と走行不能になる車両。

 雪道走行のタイヤ準備をしていない、車が坂道を登れずに後輪が横滑りをしている場面が報道される。


 その映像を見ている地方の住民……特に積雪地域の住民は、数センチの雪で大パニックになって都市機能が麻痺してしまった首都の姿に優越感を覚えた。

「あの程度の積雪で大騒ぎ? なんで除雪車が早めに出動しない? 融雪剤は撒かないのか?

うわぁ、雪道をあんな靴で普通の歩き方を……ほらっ、転んだ。都会の人間の転び方は下手だな」


 積雪地域の地方の人間は、幼い頃から雪道の歩き方は経験から自然に身についている。

 凍った道は、できる限り接する面を多くする。スリ足歩行が雪道歩きの基本だった。

 見た目よりも安全第一のペンギン歩き。

 さらに、転倒する時もケガをしない転び方を、地方の積雪地域の住民は心得ている。

 条件反射的に、後頭部を強打しないように頭を上げて。

 転倒時の衝撃を背中全体に拡散させて、片手で地面を叩いて衝撃を散らす、柔道の受け身的な雪道転倒を誰から教えられたワケでもなく雪国の子供たちは身につけていた。


 積雪は三十センチを越えてやんで日射しも出てきて、積もった雪も少しとけた。

 だが、本当の恐怖は積雪後の翌日からだった。

 冷えた朝の道路──一見、雨で湿っているように見える極薄の氷に覆われた〝ブラックアイスバーン〟で、転倒して都内の病院に搬送される都民が続出した。


 車両事故も多発して、さらには緊急車両やパトカーさえも、赤信号での急ブレーキで車体がスリップして多重の衝突事故を引き起こす。


 建物からの落雪で雪に埋もれて死亡する人、凍結対策をしていない水道管の破裂、倒木による停電も多発して麻痺する都市インフラ。


 青空の下でもとけるコトなく空中に浮かぶ、雪の結晶怪獣は『ユッキーナ』と命名された。

 日射しが照っていたのは、一日だけで首都の空はまた鉛色の雲に覆われた雪が降り積もる。


 気象衛星からの映像を見ても、首都だけが厚い雪雲に覆われていてユッキーナが、寒気と雪雲を呼び寄せているのは……明白だった。

 雪を降らせるだけの、自然災害怪獣『ユッキーナ』──積雪量が一メートルを越えた。


 積雪が、自然災害が怪獣の仕業か、怪獣の殲滅か保護か?

 観察と議論を続けてきた政府は、積雪をユッキーナが原因の怪獣災害と断定して。

 自衛隊へユッキーナ攻撃を指示した。


 降り続ける、雪の中でユッキーナに陸上車両からの攻撃が開始された。

 ミサイルや砲撃を浴びるユッキーナの体は、破壊されてもすぐに再生して元の姿にもどる。

 両側を除雪した雪の壁で挟まれた道で。

『怪獣擁護』を訴える市民団体と、『怪獣殲滅』を掲げる団体が衝突する。

 怪獣保護派が、プラカードや怪獣保護の紙を持って攻撃している自衛隊に抗議する。

「攻撃をやめろ! ユッキーナは雪の妖精だ! 積雪は自然災害だ!」

「ユッキーナが、可哀想! いじめないで!」


 怪獣排除派が擁護派に向かって怒鳴る。

「周りを見てみろ! 雪の影響がライフラインに出てきているんだぞ! 店にも商品が流通されない。あの怪獣のせいだ!」

「オレたちの生活と怪獣、どっちが大事かよく考えろ!」


 やがて積雪は二メートルを越え、自衛隊の攻撃は不可能になった。

 吹雪く天候まで加わり、戦闘車両が雪に埋もれる。戦闘機も悪天候で飛行不可能になる。


 数日間──降り積もった雪がビルの三階近くまで到達した時。

 降り続けていた雪が止み、ユッキーナは現れた時と同じように、ゆっくりと上昇して灰色の雲の中に消えていった。


 一面の銀世界、雪に埋もれて、まるで冬眠をしているような静寂した首都。

 ユッキーナが去り。

 東京が積雪に脆弱ぜいじゃくなコトが、さらに露見してしまった。


 そして雪に埋もれた、東京は……平和になった 。


  ~おわり~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

積雪怪獣・ユッキーナ~首都冬眠~ 楠本恵士 @67853-_-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ