第3話
気がつけば片手に小銭とお札を握りしめて、エレベーターホールの前に、私は立っていた。前には車椅子の妻がいた。急いで小銭とお札をポケットに入れ込むと、彼女を両手で支えた。
中に入ると地下三階フロアのボタンを押していた。地上二階の病棟廊下は無視していた。
地下三階につくと、下るスロープに気をつけて、彼女の車椅子をひきながら押していった。
「ね、ホスピス棟にはいかないの?」とあやめ。
「う、うん。いいアイデアがあるんだ、任せて」と私は答えたが、それはアイデアではない、儀式なのだが。
車に二人乗ると、一気に自宅に向かった。
家に着き、ひと段落する頃には、あやめは険しい表情になっていた。彼女を床に布団を寝かせて、時間をかけて浴衣に着替えさせた。少し水を飲ませると、表情のつらさが少し取れていた。
それぞれ異なるを信仰する夫婦だったので、こう余命が妻に近づいた時、冷静に慄然と行動ができるものではなかった。
私は浴衣を着せるのに息があがり、しばし水をすすりながら妻を見ていた。もうなんでこんなに早く、妻は天に召さねばならないのか?運命なら余りに可愛そうだ。
かなり冷静になってきたので、異なる宗教を我が宗教に受け入れる儀式に取り掛かることにし、それをあやめに説明した。
計量カップに水を注ぎ、それを鍋に入れて沸騰させ、少し冷まして、また計量カップに入れて、たらいに氷水をはり、カップをたらいにつけ湯を冷ますことにした。彼女の体温を目指して。
何回かカップの温度を確かめたら、人肌の温度に水はなっていた。
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