第5話

 あやめの側で夜中に数時間手首を持ち、うつらうつらとしていた。彼女の呼吸は小さいものになっていた。これからのことを考えると、冷静さを保たなければならないのに、妻との思い出が浮かんでは消え浮かぶ。

 目を擦りながら、徹夜になってきたところで、思考はぼんやりとしてきた。

 今の妻を看取る行為のきつさと意識を保つことの難しさ、正常な判断力が保たれるのか、と私は思い耽った。


 気づくと夜は明けて、カーテンの隙間から太陽の日差しが入ってきていた。妻の脈を確認し、少しでも水分を取るように、口元に水を注いだが、受け付けなかった。まぶたの奥で目が動いているように感じた。

 カーテンを思いっきり開ければ、あやめは目を覚ますのではないかと、試みてみたが、そうはならなかった。

 洗礼の儀式を行なったにも関わらず、父と母の墓に入ると呟いたのは、彼女にはまだ旧宗教の未練があるとなると、覚悟ができてないということだろう。

 これは難題だ。

 しかも私と共に召すことをも望んでいる。

 両方は難しく、もう動き出している。そうだ、両親の写真を抱かせてあげよう。仏壇にあったな。彼女が今まで洗礼を受け付けなかったのは、父母の存在が大きかった。


「なぜ目を覚さない、この重要な信仰のことを話さないか。あやめ」と呼び掛けた。

 すると頭を前にうつむいたまま、布団の上に浮いたように、すっと立ち上がった。

「あなたの説明の仕方が悪いんでしょ。私は父母、春人と永遠にいっしょ」低い声でうなるように話した後、水平に浮き上がると、浴衣をたらしながら、ゆっくり布団に横たわった。


 そしてあやめは息を引き取った。脈、心臓音はなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る