八という字は合掌に似ている

葛瀬 秋奈

八+八

 夏も近づく八十八夜はちじゅうはちや、すなわち5月2日。かつて八王子はちおうじで8人兄弟の末子まっしとして生を受けた八千代やちよ郷里きょうりより遠く離れた土地で88歳の誕生日を迎えたこの日、彼女の8人目の孫である咲良さくらも八千代の米寿べいじゅを祝いにやって来た。


「おばあちゃん、来たよ」

「おや、咲良かい。どうしてここに?」


 咲良の姿を見た八千代は目を丸くしたが咲良は質問には答えずただ微笑ほほえんだ。


「誕生日おめでとう。あのね、プレゼントがあるの」


 咲良は抱えていたボロボロの紙袋から七色の毛糸で編まれたマフラーを取り出した。それは編み物初心者の咲良が編んだ8本目のマフラーであった。


「本当は米寿だしとかが良かったのかもしれないけど……前にお地蔵様にあげたやつの余り糸で編んだんだ。だからちょっと短いかも」

「いいんだよ。虹みたいできれいだね」

「これから暑くなるのにマフラーもへんかなって思ったけど、せっかくだから手作りのものをあげたくて、それで」

「いいんだよ、いいんだよ」

「衣料品はほとんどなくなっちゃったけどゴミと間違えられたのかこれだけはとられなくて済んだから……その、ごめんなさい」

「いいんだよ。咲良が無事でいてくれたことが一番の贈り物なんだから」


 八千代は涙目になった咲良の頭を優しくでた。春風のように温かいその手が、咲良は何よりも好きだった。


「ねぇ、どうして避難しなかったんだい」

「寝たきりのおばあちゃんを一人ひとりにはしておけないもの。他のみんなはちゃんと避難所に向かったみたいだから安心していいよ」

「それは……悪かったねぇ」

「お地蔵様のお世話もしなきゃいけないし」

「私が頼んだからだよね、ごめんね」

「いいんだよ」

「でも……っ」


 激しくき込む八千代の背中を咲良は優しく撫でた。つい先程さきほど自身がされたことを真似まねるように。


「本当はね、避難所シェルターにはあんまり行きたくなかったの。どうせここと大して変わらない。弱い者は搾取さくしゅされるだけ。だったらおばあちゃんと一緒にいたい。駄目だったかな?」

「……いいんだよ」

「うん、よかった」

「あのね、咲良。誰にも言ってないけど、おばあちゃん実は人魚なんだ。だから万が一のときは私を食べて八百比丘尼やおびくにになってでも生きるんだよ」

「嫌だよ八百比丘尼なんか。8人兄弟の末っ子だったんじゃないの?」

「それにしてもこの時期になると新茶が飲みたくなるね」

「新茶じゃなくて悪いけど、安全な水を確保できたから飲んでね」

「こんなことになるならもっと早く即身仏そくしんぶつにでもなっておくんだった」

「それは言わない約束でしょ」


 咲良はほそった八千代の体を抱きしめた。


「生まれ変わったら石になりたい」

「じゃあ私はその隣で桜になるね」


 遠くで何かがぜるような音がした。

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