斗え、ツッコミ仮面!

宇部 松清

※ツッコミ仮面の戦闘シーンは字数の関係で割愛させていただきました

「なんでだぁっ!」

「ぐわぁぁぁ!」


「決まったぁーっ! ツッコミ仮面のツッコミ水平チョップだー!」


 あたしの水平チョップが鮮やかに決まり、女子高生に絡んでいた怪人セクハラ男は爆発四散した。


「ありがとうツッコミ仮面!」

「あなたがいる限り、この街は平和だ!」


 今日もあたしの美技華麗なるツッコミに酔いしれた観客達オーディエンスが声援を送ってくる。あたしは助けた彼らに軽く手を振ってマントを翻し、「さらばだ!」と叫んで夜の街へと消えた。


「ふぅ、ここまでくればもう良いかな」


 人気のない通りで仮面とメットを外す。ふるふる、と頭を振れば、メットの中に押し込んでいた長い髪がふぁさりと肩に落ちる。


 一軒のカフェのドアが開き、柔らかな灯りがあたしの身体を照らした。そこに立っている人物が、にこりと笑って手を伸ばしてくる。


「お疲れさまです、ツッコミ仮面。いや――」


 その手を掴むと、彼は、ぐい、と自分の方に引き寄せてあたしを抱き締めた。


「はっちゃん」


 怪我はしていませんか? お腹空いてませんか? などと言いながら、優しく背中を撫でる。


 ここは『珈琲処みかど』。表向きはただの和カフェだが、あたしことツッコミ仮面の秘密基地でもある。彼はここの店長だ。ヒーローの秘密基地はカフェ(あるいは喫茶店)と相場が決まっているのだ。そうなるとこの店長が司令官で――となるのが普通なんだけど、司令官は彼ではない。彼はあくまでも場所を提供してくれているただの人――ではない。


 彼、慶次郎さんは、この珈琲処の裏にある神社の息子さんで、陰陽師である。オイ、だったらどう考えてもお前がヒーロー枠だろうがよと思うわけだが、


「そんな! 僕なんかがヒーローなんて無理ですよ!」


 と真っ青な顔で辞退したのだ。それでそのお鉢があたしに回ってきたというわけである。何でだよ。


 とにもかくにも、あたしは不思議な三色の毛玉達からもらった変身ブレスレットで『ツッコミチェンジ』し、ツッコミ仮面に変身して、この街を守っているというわけである。


「大丈夫、今回も楽勝よ」

「だけど、あまり無茶しないでくださいね」

「そう言うなら慶次郎さんがヒーローやってよね」

「ぼ、僕には無理ですよ! ヒーローなんて向いてませんから」

「あたしだって向いてねぇわ! いいか、こういうのはなぁ、向いてる向いてないじゃねぇんだよ、やるかやらないかなんだよ!」

「ひえええ!」


 彼はヘタレだ。

 陰陽師で、しかもその道では誰にも負けないとんでもない力を持っているというのに、それ以外についてはとことんヘタレなのだ。あたしみたいに水平チョップで怪人を爆発四散させることなんて出来ないのである。いや、あたしだって普通は出来ないけどね? ツッコミ仮面の時だけだから。


 普段は普通の女子大生。だけど敵が現れるとスマホにメッセージが届き、現場には公共交通機関&徒歩で駆けつける。そして、敵を倒した後はとりあえずこのカフェに戻って変身を解き、夕飯をいただいて帰る。


 字数の関係で細かいところスカウトの経緯は割愛させていただくが、これが変身ヒーローとしてのあたしの日常である。ヒロインじゃないのかって? あたしもそう思うんだけど、女性が戦うとなると、やれ女性蔑視だの、性の対象が何たらだのとあるらしく、とりあえずは性別不詳のヒーローとして活動しているのだ。


 

 さて、今日も今日とて敵の出現である。

 今日はこの後映画を見に行こうと思っていたのに、ちくしょう。

 ヒーローに休息はない。


「ツッコミチェーンジ!」


 ブレスレットをかざして叫ぶや否や、あたしの身体は光に包まれてあっという間に変身完了である。待ってろ、怪人め。今日の相手はどいつだ。


 が。


 見たところ、誰もいないのである。

 けれども、被害者らしきお姉さんは、ぺたんと地面にへたり込んでがくがくと震えているのだ。


「大丈夫ですか、お嬢さん!」


 そう言って駆け寄ると、彼女は「大丈夫ではありません。あそこ、あそこに!」と、震えながらある一点を指差している。いや、あそこと言われても何もいませんが?


「見えないんですか?!」


 めっちゃ頑張って探していると、お姉さんからマジトーンで怒られた。何で見えないんですか! ってなおも。いや、そんなこと言われましてもね。


「えっ、もしかして、悪霊とかそれ系?」

「そうです。私、昔から霊感が強くて」

「ウッソ、マジで?!」


 ヤバい。

 管轄外のやつが来ちゃった。

 あたしは確かにヒーローだけれども、物理攻撃しか出来ないのである。そもそも霊感なんて0だし、この仮面もそういうのに対応していないらしくて、本体の霊感は0だけど変身さえすれば見えます、みたいなこともない。


 えー、どうすんのよ。


「えっと、あなたは見えてるんですよね?」

「はい、ばっちり見えてます!」

「成る程。ちなみにそいつはいま何してます?」

「えーっと、助けが来たので私を諦めたみたいなんですが、そこのサラリーマンに取り憑いて強盗させようとしています」

「マジかよ!」


 えー、どうする?

 そりゃあ取り憑いたやつには攻撃出来るけどさ。つまりはそれってただの一般人でしょ? 一般人を水平チョップで爆発四散させたらまずいでしょ!


 マジで悪霊系は無理なんだって。


「あっ、取り憑きました! たまたま持ってた刃物を持ってこっちに向かってきます! 強盗をする前にヒーローをやっつけることにしたようです!」

「何でたまたま刃物を所持してんだよ! とりあえずここはこのツッコミ仮面に任せて、あなたは逃げて!」

「わかりました!」


 一応、あの人に取り憑いてる以上は、悪霊はそこにいるわけだから、えーっと、やっぱりここはあの人ごとやっちゃう感じかな? 刃物所持してる時点で何らかの予備軍の可能性あるしね?


 ってそんなの許されるわけないじゃん!

 確かにあれは刃物だけど、どう見てもあの人板前さんじゃん! ただの仕事道具じゃん! 何の予備軍よ! 大将か?!


「死ねぇぇぇぇ!」

「ひえっ!」


 振り下ろされた刺身包丁をギリギリのところでさっとかわす。危ない。変身していなかったらヤバかった。何せ変身前はただの女子大生なのである。変身することで運動神経、反射神経、その他諸々が強化されているのだ。


 しかし、防戦一方ではらちが明かないのである。

 どうしたら良いんだ。

 ていうか、あのお姉さんを逃がしてしまった以上、中の悪霊が別の人に取り憑いたりすればもうアウトなのである。しまった、あの人逃がさなきゃ良かった。


 だ、誰か他に霊感の強い人はいませんか?!


 板前さんの攻撃をかわしながら辺りを見回す。とん、と背中に硬いものがぶつかる。ぺた、と触れてみればコンクリートの壁だ。ヤバい。追い詰められた。


「これで終わりだ、ツッコミ仮面!」


 ヤバい!

 あたしまだ何にも突っ込んでないのに!


 刺身包丁で刺されて死ぬとか、ヒーローの最期としてどうなの?!


 なんて自分に突っ込んでる場合ではないんだけど、逃げられない。

 これで終わりか、とぎゅっと目を瞑る。


 ああ、死ぬ前に、彼氏が欲しかった。


 と。


「そこまでだ、刃物男!」


 そんな声が聞こえて目を開けた。

 ビルの上に、太陽を背にして立っている人がいる。どうやらそれがさっきの声の主らしい。


「オンミョウチェーンジ!」


 ?!


 その言葉と共に、ビルの上にいた彼の身体が光に包まれる。こちらの目も眩みそうなくらいの明るさである。いまがチャンスと板前さんからするりと逃げ、距離を取った。


 だ、誰なの、あの人は?!


 じゃない!


「おい、絶対に慶次郎さんだろ、お前!」


 すた、と華麗に着地を決めた仮面の男に向かってそう叫ぶ。が、彼は顔の前で手をぶんぶんと振るのだ。


「ち、違います。ケイジロウ違います! ぼ、僕の名前は『オンミョウ仮面』です!」

「バレバレなんだよ! この辺に陰陽師なんてお前しかおらんやろがいっ!」

「ギク――ッ!! い、いや、いまはそれよりも怪人です! 怪人というか、悪霊です!」

「た、確かに! よっしゃ、頼むわオンミョウ仮面!」

「お任せください! これに関しては得意分野です!」

「頼もしい! 普段の慶次郎さんからは想像もつかん!」

「ち、違います、のじゃ。ケイジロウ違いますのじゃ」

「急に雑なキャラ変して誤魔化そうとすんな!」


 いいからとっとと倒せや! と危うくオンミョウ仮面に水平チョップを繰り出しそうになり、慌てて黄金の右を引っ込める。すると、あたしに発破をかけられたオンミョウ仮面ヘタレ陰陽師は、胸元から御札を取り出して、それを板前さんに向かって投げつけた。


「悪霊たいさぁーん!」

「ぎゃああああああ!」


 板前さんが叫ぶ。

 まぁ、板前さんじゃなくて中の悪霊が叫んでるんだろうけども。

 そして、当然のように爆発四散はしなかった。


「それでは、僕はこれで」


 さっとマントを翻――そうとしたんだろうけども、慣れていないからだろう、ばさばさともたついて絡まっている。マントを中途半端に身体に巻き付けた、逆に何らかのピンチに陥ってるみたいな姿で去ろうとしている背中に向かってあたしは言った。


「ありがとう慶次郎さん!」

「け、ケイジロウ違いますのじゃ。ワシの名前はオンミョウ仮面なのじゃ」

「まだそれでいくのかよ! ねぇ、もしもの時はまた助けてくれる?」


 雑なキャラ変で切り抜けようとしている、マントぐるぐる巻きのオンミョウ仮面は、首だけをこちらに向けて、にこりと笑った。


「もちろんです。僕は、はっちゃんのピンチには必ず駆け付けますから」

「ありがとう。……さっきの『のじゃ』キャラどこ行った?」

「あっ! えっと、その、助けるのじゃよ」

「うん、まぁ、ありがと。後でみかど行くわ」

「わかりました。ご飯用意しておきますね」

「だから、キャラはよ」

「あっ! え、えっと、その……さ、さらばじゃ!」


 これ以上ぼろが出ないようにだろう、マントぐるぐる巻き男は、よくもまぁそんなんで走れるな、というフォームからは想像もつかないくらいの速さでその場を去っていった。


 ありがとうオンミョウ仮面、ありがとう、あたしだけのヒーロー。

 キャラはちゃんと固めて来いよ。

 

 

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