作品3-13

「あなたにはオシャレすぎるコース料理ね。」


 そう言って店主の妻も目尻を拭った。店主が ふん と鼻で笑うように返事をすると、次に誘拐犯が口を開いた。


「誘拐だなんて、馬鹿なことをしてすまなかった。これから自首してくる。」


 店主は片付けながら小さな声で言った。


「その手間はいらねぇよ。」


 丁度その時、店の扉が開き、警察が入ってきた。


「あなた!」


 店主は妻を見ながら、現実を突きつけた。


「しちまったことは変わらねぇ。行って罪償ってこいよ。」


 誘拐犯は抵抗もせず、警察に連れて行かれた。


「調書を取りたいので、ご同行いただけますか。」


 残った警察が訊いてきた。


「俺は店閉めてから行くよ。お前だけ先行っとけ。」


 店主が言ったことに妻は素直に従った。そしてその去り際に、そう言えば と思い出したように妻が店主に言った。


「3億円じゃ安いですって?。うちの借金のことじゃないの、ばか。」


「ふん。」


 店主は2回目の鼻返事をし、店の片付けを続けた。



 二人が座っていたテーブルにはかすみ玉がまだ何個か残っていて、店主はその一つを口にした。


「なかなかいけんじゃねぇか、これ。来月の新メニュー決定だな。」


 そう言うと、最後に少しだけ桜の香りが鼻に抜けるのを、店主は感じた。

                 ー 完 ー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

作品3『かすみ玉』 安乃澤 真平 @azaneska

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ