卒業式

茉白

第1話

「先輩、卒業おめでとうございます!」

 色とりどりの花束を持った元気な後輩たちが口々に祝意を述べる。

 女子高校だけあって、卒業式も華やかだ。

「ありがとう。淋しくなるね、あなたたちに会えなくなると。」

 私は心からそう思った。


「先輩、ちょっと。」

 一番かわいがっていたなるみが私の手を引く。

「何、どうしたの?」

「こんな日に言いにくいんですけど…」

 えらく歯切れが悪い。

「…けいすけちゃん、結婚するんだって知ってます?」

 私の時間が止まった。

 そして巻き戻る。


 けいすけちゃんは英語の先生だ。

 受け持ちではないのに、いつの間にか話すようになっていた。

 けいすけちゃんは、私より身長が低くて、目が悪くて、口が悪かった。

 だけど頭がよくて、スーツが似合って、声がよかった。


 部活動でクラシックギターをつま弾く手が色っぽいと思った。

 職員室で私を呼ぶ声が素敵に響くと思った。

 どうでもいい話ばかりする人だなあと思った。


 しかし何より、女子高という特異な環境の中で、けいすけちゃんは“男”だった。


「先輩?大丈夫ですか?」

 思考が飛んでいたのは、ほんの一瞬だったみたい。

「大丈夫。教えてくれてありがとう。」

「でも、顔色が悪いですよ。」

「うん、少し緊張してるだけ。」

 無理やり笑顔を作って、なるみを安心させる。

「これから約束があるから、またね。」

「また遊びに来てくださいね、約束ですよ。」

「もちろん、待っててね。」

 そう言って、後輩たちの輪の中から抜け出した。


 茶道部で生徒会所属の私は先生方の覚えもよく、関係者以外立入禁止の中庭にふらりと入っても咎められることはなかった。

 中庭はいつの季節も、来賓の人のためにか、きちんと手入れされていた。


 桜、つつじ、紫陽花、そして運動会。

 一緒に足を上げて踊ったね。

 日日草、向日葵、コスモス、そして学校祭。

 私の点てたお抹茶を苦いって飲んでくれたっけ。

 金木犀、紅葉、ポインセチア、そして修学旅行。

 一緒には行けなかったけど、お土産のキーホルダーに喜んでくれたね。

 水仙、沈丁花、桃、そして卒業式。

 今日、ケリをつけるつもりが遅すぎたみたいだ。


 あと一年早く生まれていたならば、何か違っていたのだろうか。

 そればかりがグルグル頭を回って離れない。

 ゆっくりと歩を進めると、早咲きの桜の下にけいすけちゃんはいた。


「お待たせしました。」

「おう、俺を待たせるとはいい身分だな。」

「そりゃそうですよ、今日の主役ですから。」

「そうだな、卒業おめでとう。」

「ありがとうございます。」


「これ。」

 私はけいすけちゃんの為に用意した花束を差し出す。

「うん、何?」

「ご結婚おめでとうございます。」

「あれ、知ってんの。」

「情報通ですから。」

「ありがとう。」

 けいすけちゃんはいつも通りの笑顔で花束を受け取った。


「それじゃあ。」

「また、遊びに来いよ。」

 私は背を向けて歩き出す。

 振り返ることはできなかった。

 飲み込んだ“好きです”も“また”と言う言葉も涙も。

 永遠に心の中の引き出しにしまったままで。

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卒業式 茉白 @yasuebi

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