マグナムと共に、半世紀。
Youlife
第1話
2021年10月10日、深夜1時。
いつもだったら適度に酔いが回り、そろそろ寝床に向かう時間だが、今夜は飲まずにこの時間まで待ち続けた。そして僕は時計を見ると、普段はあまり飲まないウイスキーの瓶を片手に、テレビの前に腰を下ろした。テーブルの上に置かれたグラスにウイスキーをゆっくりと注ぎ込み、そこにソーダ水と氷を入れ、しっかりとかき混ぜた。本当は水で割るのが良いのだろうけど、僕はソーダ割りが好きなので、深く考えることなくソーダ水を注ぎこんだ。
今夜は「あの男」とテレビの画面越しに、一緒に美味しいウイスキーを飲んで別れを惜しもうと心に決めていた。
まあ、「あの男」ならば、そんな僕を見て「男なら、黙ってストレートで飲むもんだ」と言うかもしれないけど……。
放映開始の時間を迎え、テレビのスイッチを入れると、ちょうどオープニングの画面が流れていた。いよいよ、別れの日がやってきた。俺はグラスを傾けながら、ひとこまも逃さないつもりで、そしてひとつの台詞も聞き逃さないつもりで、テレビの画面を食い入るように見つめていた。
黒い帽子に黒いスーツをまとった、髭面の「あの男」が登場すると、俺のボルテージは一気に高まった。そう……アニメ『ルパン三世』に登場する、ルパンの相棒であるガンマン・
最新テクノロジーの武器を使って捕らえられたルパン一味。マグナムを押収されてしまった次元は。しょっぱなから寂しそうにつぶやいた。
「とうとう俺も潮時かもしれねえな。何だか相棒との人生を振り返っちまったよ」
何だよ、のっけからそんな寂しいことを言うなよ!僕はテレビに向かってつい大声で叫んでしまった。
誰が相棒って?それはきっと、マグナムのことだろう。次元の手には、どんな時もマグナムがあった。真正面からマグナムを構え、次々と敵を撃ち抜いていく姿は、西部劇のヒーローのように鮮やかだった。
しかし、現代の闘いは最新テクノロジーに徐々に取って代わり、銃の撃ち合いで決着をつける時代ではなくなってきた。次元はそんな時代がつまらなくなったようだ。
終始浮かない顔で、「これで自分はおさらばだ」と語っていた次元だったが、ここまで一緒に連れ添った仲間たちからの言葉で、次元はようやく気持ちに整理がついていった。
最後に我に返った次元は、「こんなつまらない時代は、こっちから笑い飛ばしてやる!」と言うと、手にしていた最新鋭の銃を派手にぶっ放した。
「ちょっと火薬が多かったかな?」
これが彼の最後の台詞になった。
エンディングの場面に変わり、もう彼の声が聞けなくなると気づいた時、僕の目から、いつの間にか涙がとめどなくしたたり落ちてきた。
ウイスキーを飲む手の震えは、しばらくの間止まらかなった。
彼が五十年続けた次元大介が、これで終わったんだ……
彼の名は、
小林さんは、ルパン三世がパイロット版アニメとして製作された1969年から、一貫して次元大介を演じてきた。それから二年後にはアニメの本放送が始まり、幾度となく映画化され、テレビでのスペシャル版が製作されてきた。その間、次元以外の主なキャストの声優は皆変わっており、特に十年前には大幅な若返りが図られ、次元役の小林さんだけが、往年のルパン三世を知る人物になってしまっていた。その時僕は、「何で無理やり変える必要があるんだ」と、とても寂しい気持ちになったことを今も覚えている。
その時から、僕はテレビや映画で「ルパン三世」シリーズを見るたびに、小林さんを心の中で応援し続けていた。
その理由は、幼いころから見ていた往年の「ルパン三世」の名残が無くなってしまうことへの危惧感だけでなく、小林さんのこれまでの経歴やエピソードを知るうちに、次元の声は、小林さんしか出せないと確信したからだった。
小林さんは元々は舞台俳優だったが、若い頃にアメリカの俳優であるジェームズ・コバーンの吹き替えを担当していた。コバーンは西部劇の名作『荒野の七人』に出演していたが、寡黙で孤高な雰囲気は、まさしく次元に通じるものがあったと思う。
また、小林さんは、アテレコの時のマイクの位置などに強いこだわりがあるとのこと。それはまるで、マグナムへの強いこだわりを見せる次元と同じように感じた。そして、一緒にルパン三世を支えてくれた声優たちを、小林さんは「戦友」と呼び、強い信頼を寄せ、亡くなった時には人一倍悲しんでいた。
今回の話の中で、ルパンは「時代が変わりゃ、自分も変わる。そんな俺を次元は黙って受け入れてくれた。だから、俺は俺でいられたのかもしれねえ」と話していた。
思い返せば、ルパン役は病気で亡くなられた
しかし、小林さんは栗田さんのルパンを何も言わず受け入れていた。
小林さんは、相手がどんなに若くても、一緒に「ルパン三世」を作り上げた人たちを仲間として受け入れていたのだろう。それは、彼が良く使う「戦友」という言葉にその気持ちが凝縮されているように思えた。
僕はそんなエピソードの数々を知るうちに、小林さんこそが次元そのものであり、小林さんが存命している間は、彼以外の声優に次元役を任せることは出来ないと信じていた。
しかし、アニメ版が始まってからちょうど五十年を迎えた時、小林さんはついに次元役を降りる決意をした。
小林さんは、内心ではまだまだ次元役を続けたいと語っていたし、僕もまだまだやってほしいのが本音だけど、年を追うごとに、以前のような声を出すのがどこか苦しそうに感じていたのは確かだし、ここが限界だったのかもしれない。
アニメの中で、
「ま、振り返ってみりゃ、ずいぶんと長く付き合ってきたが、後悔したことは一度もねえよ」
と答えていた。まるで、これまでずっと次元を演じてきた時代を小林さん自身が振り返るかのような台詞だった。
小林さんは、これからもナレーターの仕事など、声を使った仕事は続けるとのことだが、どこかで彼の声を聞いたら、多分僕は「何だよ、勿体ぶらずに次元の声を聞かせてくれよ!」って叫んでしまうかもしれない。
五十年間、ずっと変わらず同じ役を貫くというのは、本人の相当な努力はもちろんのこと、その役が本人じゃないと務まらないと思わせる「何か」を持ちあわせていないと成し得ないと思う。小林さんは声も遍歴も生き方も、全て「次元大介」そのものだったからこそ、ここまで続いたに違いない。
最後に、次元大介は男の美学が詰まった名台詞を沢山残していますが、その中で僕が特に好きだった台詞を紹介したいと思います。
「てめえのカルマは、何色だ?」
これは、2013年に放送されたテレビスペシャル「隠された空中都市」での決め台詞。当時は不二子や
小林清志さん、今まで本当にお疲れさまでした!
※小林清志さんは、2022年7月30日 肺炎のため死去しました。
これからの益々の活躍を期待していただけに、大変残念です。
御冥福をお祈りします。
マグナムと共に、半世紀。 Youlife @youlifebaby
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます