やさぐれ国王の憂鬱 88回目の建国記念日

土田一八

第1話 王国の誕生日

 センブル王国は今年で建国88年目の節目の年だった。その割には色々な事があり過ぎた。先代国王が暗殺され同時に王位継承権保持者を軒並み失ったのだ。王国未曾有の危機だったが王位継承権保持者が一人いた為王国は無事に存続した。が、末っ子の庶子で王宮外で育った為か権力とか権威やらに滅法関心を示さず我ら臣下を振り回していた。そこで宰相は、王国の誕生日に行われる軍事パレードを盛大に開催して若き新王の心を開かせようと考えていた。いつもは渋チンの大蔵省の協力も取り付けていつもより規模を拡大する事にしたのだ。

「今年の王国の誕生日はいつもよりド派手に行くぞ!但し、陛下にはナイショだぞ‼」

 という合言葉で宰相や大臣、将軍や提督達をはじめとする軍隊や市長を先頭に市民達も熱気を帯びていた。


 その一方でひっじょーに冷めている人間が一人だけいた。それは紛れもなくカールつまり俺だった。王宮の人間達は悟られないように冷静に振舞っているが、浮ついた心は隠しようもなく所々の所作に現れていてすぐ俺にバレていた。俺はすれ違った女官に質問する。

「最近、みんな何をそんなに浮かれているんだ?」

「あっ。陛下。もうすぐ王国の誕生日ですね」

「王国の誕生日?」

「あれ?陛下はご存じないのですか?」

「いや、うーん。そういうのに無縁の生活をしていたからなぁ」

「軍艦では何もしないのですか?」

「士官連中はともかく俺は兵卒だったし、空の上にいる事が多かったからなぁ」

「そうでしたか…あっ、いけない。もう、こんな時間」

「呼び止めてすまなかったな」

「とんでもございません。陛下。ごきげんよう」

 女官は足早に去って行った。

「王国の誕生日か…」

 俺は少し思案する。

「ふむ…」

 俺はある場所に向かった。



「さて、パレードの構成ですが……」

 参謀本部で宰相を交えて軍隊との協議がなされていた。

「元帥。どの位の兵員が参加できるのかね?」

 宰相は参謀総長に質問した。

「今の所、1万人を予定しております」

 参謀総長は質問に答える。これでも平年の3倍だ。

「うむ。ならば倍の2万人にしたまえ」

 宰相は倍の人数を要求した。

「あんまり増やしますと通常任務が割を喰いますが?」

 参謀総長は渋る。

「では、陸軍だけでなく海軍と空軍にも割り当てを。提督の意見は?」

「海軍歩兵なら動員できます」

「どの位?」

「ざっと2千人ですな」

「空軍は?」

「うちは海軍よりも少ないので300人程度でしょう」

「何か、物足りないなぁ。臨時動員でもかけるか?」

 宰相は納得感が得られない。

「臨時動員なぞ…パレードは王室騎士団も参加する筈ですが?」

 参謀総長が話を変える。

「うむ。なるべく陛下には内緒で話を進めたいのだ。このパレードは若き新王の心境に変化を与えるものにしなければならぬ。庶民の生活に染まってしまっている為なのか、どうも、権力とか権威というものに抵抗感があるようなのだ」

「それは存じ上げておりますが、パレード程度で心を開かれるような単純なお方ではありますまい」

 二等兵から叩き上げの庶民出身である参謀総長は宰相を諌める。

「いや、近代兵器を勢揃いさせるのだ」

 宰相は心に秘めていた秘策を発表する。

「海軍は艦隊を沖合に複縦陣でこのように軍艦を並べ、空には空軍機が舞う。陸上では戦車隊と砲兵隊で戦力向上をアピールする」

 宰相はアレコレ悩んで考え抜いた末の結論だった。新王と軍上層部との関係はこれ以上望むものがないと言う程良好だった。大陸大戦を戦い抜き王国改革を成し遂げたエリート老名宰相は即位したばかりの庶民派の若き新王の扱いに手を焼いていた。


「よっ」

 平服に着替えた俺は王宮を抜け出して街中に出る。抜け道を通ったのは子供の時以来だったが、今もその当時のままだった。禁書庫で王国の誕生日についてこれという文献が得られなかったので街中の図書館に行く事にしたのだ。ケーニーヘルグ中央図書館は王宮の丘から程近い。街中も王国の誕生日を祝したポスターが張られ、電飾などの準備も行われていた。後3週間もあるというのに…。中央図書館も子供当時のままだった。懐かしさもあるが、俺は文献調査コーナーに足を向ける。

「こんにちは」

「何をお探しですか?」

「王国の誕生日に関する文献を探している」

「どんな内容のものですか?」

「そうだな。パレードに関するもの。できれば過去の節目に開催されたものがいい」

「分かりました。お待ちください」

 10分程で係員が戻って来た。

「こちらですね」

 抱えて持って来た百科事典のような分厚い文献だった。

「ありがとう」

 カールは早速文献を読む。


 王国の誕生日とは他国で言う建国記念日や独立記念日の事で、センブル王国ではレタヴァの条約でポレクシュタイン王国から分離独立を勝ち取った日に因んだもので今年は88歳の誕生日に当たる。普通なら何年目とか何回目という表現だろうが、センブル王国では何歳という表現になっている。初代国王が人間に例えたのが始まりである。新しい王国の興亡が激しかった為であるらしい。当初はオクトーバーフェスタと併せて行われており今もその名残はあるが、大陸大戦以後は軍事パレードの様相となった。軍事パレードの参加人員は3千人程で軍隊の儀式や行進後は市民が練り歩く事になっている。

 俺としては、パレードはヒラウで海軍のパレードは見た事はあるのだが、王都ケーニーヘルグでは見た記憶はない。それ以外も一通り目を通す。さて、文献調査も済んだので王宮に帰るとしよう。



 俺は王宮に戻って平服から軍服に着替えて何事もなかったかのように振舞う。私室から執務室に向かう途中で宰相にバッタリと会う。できれば会いたくない人物だが。

「陛下。探しましたぞ」

「それはご苦労。何か用か?お小言ならお断りだぞ」

「いえ。ちょっとご相談が」

「何だよ。もったいぶりやがって?」

「はあ。ここではちょっと」

「じゃあ、執務室に行こう」

 執務室に行くと大臣や将軍が勢揃いしている。

「雁首揃えて何を企んでいやがる?俺の首でも貰いに来たか?」

「陛下。御冗談を」

 王室騎士団長が真顔で言う。

「フン。違ったようだな」

 俺は腕を組んで玉座に座る。

「王国の誕生日に行われるパレードにつきまして陛下にご裁可頂きたく」

 宰相は上奏文を俺に手渡しやっと用件を切り出す。

「フン。やるなら平年通りの規模でやれよ」

 俺は無関心に言う。

「しかし、88歳の節目ですぞ?記念行事としてできるだけ華やかにもっと盛大に挙行すべきかと存じ上げます」

「ならぬ」

「陛下」

「お前ら!いい加減にしろ‼」

 俺は怒声を張り上げる。宰相以下は身体をビクッとさせる。

「いいか。俺は即位してまだ3か月も経っていない。それにまだ18だ。普段は若造とか青二才とか小僧呼ばわりしているくせに都合にいい時だけ大人扱いにして権力だの、権威だの、威厳だの貴様らの勝手なイメージを俺に押し付けるな‼」

 俺は溜まっていたありったけの怒りをぶちまける。

「俺は母を失い王室に捨てられ孤児院で育った。貴様らの庇護や慈悲など一粒も受けていない。戦場で泥水をすすった事がある奴はいるだろうが、日々の生活でゴミや残飯を漁って生き延びたヤツはいないだろう。俺は王国の底辺を知っている。何が王国の誕生日だ!パレードを盛大にするだと⁉ふざけるな‼国民の血税を湯水のごとく使い切りやがって!今やるべきことは軍事パレードではない。貧困対策だ‼」

「………」

 宰相以下沈黙する。

「パレードの規模は…いや、パレード予算は去年の半額にせよ」

 俺は赤鉛筆で修正して宰相に上奏文を突き返した。宰相達はすごすごと執務室から出て行った。

「フン」

 俺はやっとせいせいした気分になった。今更ながら俺の真のテーマが見つかったようだ。

 俺は再び平服に着替えて王宮を抜け出した。



 10月7日。今日は王国の誕生日で王都ケーニーヘルグをはじめ、地方都市や村々に於いてもお祭りとなる。軍事パレードが終わった後、王宮でも王国の政財界要人や高級軍人、各国大使や外国要人などを招待してセレモニーが行われる。

「では、陛下。お願いします」


 フ―――!


 俺は巨大なホールケーキに刺さっているローソクの火を息を吹きかけて消す。本当に蝋燭が88本あるのだ。


「お誕生日おめでとう!」


 列席者は大声で叫ぶ。そういう習わしなのだ。この巨大ホールケーキは切り分けられて列席者に振舞う。後は夜まで飲めや歌えの乱痴気騒ぎの宴会模様となるので俺はずらかる。


 本番はこれからだ。


 10月8日未明。政変が発生した。


                                 完


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