第28話 アトス・ラ・フェールという男(2)
ここは、とある場所の海辺の断崖にあるスフィーティア・エリス・クライの居城だ。石造りの古びた城で傍から見れば、城壁に崩れ落ちた箇所も見られ廃墟のように見えなくもない。時刻は、20時頃。その古城の1階にあるダイニングにスフィーティアとアトス・ラ・フェールは長いテーブルの端と端に対面で座っていた。給仕に黒いモーニングを着た初老の銀髪の執事が食事の邪魔にならないように待機している。
スフィーティアはいつもの剣聖の正装ではなく、白いシルクのドレスを着ていた。長い美しい金髪を上げ髪飾りで後ろを止め、うなじから長い首筋に品の良い色気が漂う。白いドレスの胸元は大きく開いており、豊かな白い胸の谷間を強調していた。口紅の色は、いつもの薄い目立たない色でなく、淡いブルーの色味で、クールな美しさを強調していた。その美しさは圧倒的だ。女神も地団駄を踏んで嫉妬するだろう。ただ、その完璧な美しさに違和感があるとしたら、彼女の胸元に埋め込まれた青くチラチラと光る輝石と背中の部分が大きくが露わとなったドレスの合間に右上から左下に一本の鉤爪のような長い傷跡があることだ。
「美味い。なんて美味さだ!」
アトス・ラ・フェールは、対面しているスフィーティアの方を見ようとせずに、一心に大きな肉にかぶりついている。スフィーティアの方を見てその色気に
「この肉の味付けと言い、とろけるような触感といい。爺さん、あんた天才だよ」
「お気に召したのでしたら、まだ用意がありますので遠慮なくお申しつけください」
クライ家の執事のダン・フォーカーが会釈する。
スフィーティアは、スフィーティアで黙々とナイフとフォークをきれいに扱い、肉を淡々と口に運ぶ。
食事の時は、さしたる会話も無かったが、食事が終えると、スフィーティアが口を開いた。
「お前。元聖魔騎士と言うのは嘘なのだろう?」
「うぐッ!」
アトスは、いきなり核心的なところをつかれ、口に運んでいたワインを喉に詰まらせ、グラスを置く
「ど、どうしてそう思った?」
「ユニコーンだ。あれは聖魔騎士以外
「ふう。見抜かれていか。ユニコーンを見られたのは失敗だったか」
「まあ、その前から疑問に思っていたがな。聖魔騎士のアトス・ラ・フェールの目的は何だ?何故私に接触してきた?」
スフィーティアが鋭い視線を向ける。
「偶然だよ、と言いたいところだが。正直に言おう。俺は教皇王様の極秘任務で動いている」
「極秘任務?」
「ああ。悪いが任務については言えないぞ」
アトスは、硬い決意の表情を向ける。
「そうか」
スフィーティアは、ワインを美しく嗜む。
「・・・」
ワイングラスを空にすると、スフィーティアは再度視線を向けた。
「一つだけ確認したい。お前は私の協力者であることは、信じていいんだな?」
「ああ。約束しよう」
アトスも真剣に答えた。
「なら、いい。お前に一つ伝えておこう。私は、ある竜を追っているんだ」
「ある竜?」
「アーシア三大竜というのは聞いたことがあるか?」
「古の伝説にあるやつだな。グラム、グングニールにロンギヌスだっけか?このうちの勝者が世界を滅ぼすという」
「そうだ。そのグングニールを私は追っている」
「おい、待ってくれ。そんなヤバい奴がこの時代にいるっていうのかよ?」
「ああ。間違いない」
「お前、追っているというが、そんなのを倒せるのか?」
「わからない。だが、今はまだチャンスがある。奴が力をつける前ならな。サポーターのお前に頼みたいのは、グングニールの行方の情報だ。剣聖団も探っているが、行き詰っているようだ」
「何故、剣聖団の指令を待たないんだ?わざわざ危ない橋を渡る必要は無いだろう?」
「
スフィーティアのその青碧眼の眼差しは、真剣だ。
「う、うう。わ、わかったよ。協力するぜ。俺はお前のサポーターだからな」
「よし。情報が入ったら知らせてくれ」
スフィーティアは、微笑しワイングラスを掲げた。
二人は、宙でワイングラスを合わせた。
(チっ!こいつの狙いはこれだったのかよ。やはり、一筋縄ではいかない奴だぜ。まあ、他の奴に行くよりはいいが。三大竜って。危なっかしいことばかりしやがって。やはり俺がしっかり見てないと、こいつは、そのうち・・・・。いや、そんなことはさせねえ!)
アトスの苦悩もお構いなく、スフィーティアは、ワインの杯をくいくい重ねていた。
スフィーティアが城のテラスの欄干に寄りかかり海を見ていた。地平線に雲がかかっているが、快晴の空に星々が煌めいている。満月の月明りが彼女の美しい顔を照らす。そこにアトス・ラ・フェールがやって来た。
「そんな薄着で寒くないのか?」
「平気さ」
そう言われてもアトスは、自分の上着を脱ぎ、スフィーティアの肩にかけた。
「ふふ。お前でもこんな紳士的なことをするのだな?」
「おい。俺は騎士だぞ。
「私を女扱いしてくれるのか?」
「まあ、確かに恐ろしいところはあるが、お前は美しいよ。正直言うと、最初は今日の恰好には面食らって目を向けられなかったほどだ」
アトスは、スフィーティアの肩を抱く。
「やめておけ。私を口説いても無駄だぞ」
「俺は・・、お前に惚れちまったようだ。お前は俺が嫌いか?」
「わからん。好きとは何だ?惚れるとどうなる?」
スフィーティアが、怪訝な表情を見せた。
「こうしたくなるのさ」
アトスは、スフィーティアの顎に指をかけると自分の方を向かせ、突然キスをした。
スフィーティアは目を見開いたままだ。
『人間、この女から離れろ。殺すぞ!』
突然、心に直接呼びかけるような声が響き、アトスは、ハッとしてスフィーティアの唇から唇を離し、スフィーティアをジッと見た。
「だから、やめろと言ったんだろう」
「な、何だ?今の声は?」
「私の中の竜だよ」
スフィーティアは、胸の青く光る輝石を指さした。
「竜・・・」
「私達剣聖は、輝石に竜の力を宿すことで、その力を使える。そして、この石を胸に埋め込み輝石の竜と契約すると、生殖機能を喪失する。また、私の契約は、力を使う度に輝石の竜に身を捧げることだ。言わば、私はこいつに囚われているようなものなのさ」
「囚われているって?そんなんで、お前は幸せなのか?寂しくないのかよ!」
「幸せか?寂しいかだって?そんなことは考えないさ。私が剣聖であるのに幸せかどうかなど関係ない。私の血がそうさせているからだ」
「血だって?」
「そうだ。剣聖は血筋だ。竜力を扱えるのは剣聖の血筋だけだ。私は剣聖の血筋に生まれた。そうである以上剣聖としての務めを果たす。それだけのことだよ」
アトスは、悲しそうな表情になり、スフィーティアを抱き寄せた。
「馬鹿野郎。好きって言うのはな、そいつを幸せにしたい、寂しくさせないってことなんだよ!俺がお前にわからせてやるよ。好きになるってことをよ」
「お前・・」
『離れろ。貴様、本当に殺してやる』
「うがあっ!なっ!」
アトスは、急に首を絞められるような感覚を覚えた。息ができない。感覚でなく目に見えない何かに首を絞められているようだ。
「引っ込んでいろ!」
スフィーティアが叫ぶと見えない何かは消えた。
「ゲホゲホ・・」
「すまない、アトス。でも、わかっただろう。これが私だ。私に触れるのはよせ。私はお前の気持ちに応えられないんだ」
「じゃあ、お前がその力を失くしたときはどうなんだ?」
「え?」
「お前のその竜力はずっとあるわけではあるまい。お前が力を失くした時俺が付いていてやるよ」
「うふふふ。いつの話をしているんだ。お前は・・」
「何年でも待ってやる」
「18歳の小娘に30歳過ぎたおじさんが言う事か?アッハッハッハッハ」
「う、うるせえよ!」
「ハッハッハッハ」
「い、いつまでも笑ってるんじゃねえよ!」
「はあ。笑いが止まらない。久しぶりにこんなに笑ったぞ」
「こ、この野郎」
スフィーティアは、星を見上げた。
「しかし、そんなに先ではないか。私達剣聖は30歳前には力の限界を迎えるからな。いいだろう。お前がそれまで待てるというなら。私の身はお前に委ねよう」
「馬鹿、変な言い方すんじゃねえよ。俺はお前を幸せにしたいだけだ」
「フフフフ。なあ、お前なら知っているかもしれないが、私たちの寿命は短い。力を失えば、2、3年で死ぬだろう。それに任務で命を落とす可能性の方が遥かに高い。そんな時間が持てるかもわからないし、持てたとしてもほんの少しの期間だろう。お前はそれでも構わないのか?」
「一瞬でも構わないさ。俺がお前を見ていてやるよ。弱ってヨボヨボになっても傍にいてやる。そしてお前の最後を俺が看取ってやるよ」
「全く物好きなやつだ」
スフィーティアは、視線を海の方に向けて言った。
「子供」
「え?」
「考えたことも無かったが私も子を産めるかな?」
スフィーティアは美しい青碧眼の眼でアトスを見つめる。
「お、お前。何言って・・・」
アトスは、少し顔が熱くなっていた。手が怪しい動きをしている。
「子を為すことはアラインの夢だった。でも、それは叶わなかった。あの時はわからなかったが、今はほんの少しわかるようになった気がする。彼女ができなかったその夢を私が果たせるのかな?」
「ああ。できるさ。俺が叶えてやる」
そして、二人はさっきよりも長いキスを交わした。何故かこの瞬間だけは、スフィーティアの中の竜は現れなかった。
(エピソード「アトス・ラ・フェールという男」完)
剣聖の物語 剣聖スフィーティア・エリス・クライ 序章 @izun28
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