第27話 アトス・ラ・フェールという男(1)
「スフィーティア、君は、剣聖団本部に出頭だよ。
アレクセイ・スミナロフが、スフィーティアに近寄ってきた。この色男は微笑を絶やさない。
「わかりました。覚悟はしています。アレクセイ、今回の件、ご助力に感謝します」
スフィーティアはアレクセイに頭を下げた。
「よしてくれ。僕は、君への助力は惜しまないよ。それに、今回の件は、アライン絡みだからね。僕も心情的にジッとしてはいられなかった」
「アレクセイ、あなたは、やはりアラインのことを・・」
スフィーティアは、眉を曇らせる。しかし・・。
「引退後子作りをする約束だったのに、残念だよ。だから、スフィーティア、君と子っ、ウグァっ!」
スフィーティアはその先を言わせなかった。スフィーティアの右アッパーがアレクセイの左顎にさく裂し、吹っ飛んだ。
「相変わらず最低だ」
スフィーティアは、吐き捨てるように言い、アレクセイに背を向ける。
「イテテテ・・。ハハ、冗談だよ」
「冗談になってない」
「まあまあ。スキンシップというやつさ。是非今度は、お茶でもしながら・・」
アレクセイは立ち上がり、後ろからスフィーティアに近づくと、彼女の肩に手をかけようとしたが、スーッとかわされた。
アレクセイは、右手を持て余してしまう。それでも、ニコリとした表情は変わらない。
そんな二人のやり取りをアトス・ラ・フェールが困惑した表情で見つめていた。それに、スフィーティアが気づき、声をかけた。
「アトス、お前にも今回は、助けられた。ありがとう」
「ああ。何はともあれ、これで終わったんだ。良かったじゃないか」
「そうだな」
アレクセイが、いつの間にかスフィーティアの横に並ぶと、今度は彼女の腰に右手を回そうとするが、スフィーティアの肘の強烈な一撃が、腹部にさく裂した。
「うぐぁっ!」
これは、効いたようだ。流石にアレクセイの微笑も消え、表情が歪んだ。
アトスは不審な目で見ていた。
(なんだ?このコントのような二人のやり取りは?こいつが、アレクセイ・スミナロフ?剣聖団の実力者で切れ者との噂だが、こんなに軽いやつだったのか?それにスフィーティアに妙に馴れ馴れしいが、どんな関係なんだ?)
「で、君は、どなた?」
アレクセイが小突かれた腹を押さえながら尋ねた。
「あ、ああ。アトス・ラ・フェールだ。
「ふーん、サポーターねえ」
しかし、さすがは、剣聖の伊達男。アレクセイは、すぐに素に返り、思わせぶりな視線をアトスに向ける。
「その騎士の服装は、どこかで見たことがあるような・・」
アレクセイは、アトスの青色と白色を基調とした騎士風の装束をしげしげと見ている。
「そうだ。聖魔道教国の聖魔騎士の服装だ。君は、聖魔騎士なのかい?」
「元聖魔騎士だ。今は、流浪の騎士で、剣聖団だけでなく情報屋として動いているよ。まあ、得意先はお宅らだけどな」
「ふーん、引退するには早すぎると思うけどなあ」
「まあ、こっちにも事情ってもんがあってよ。アレクセイ・スミナロフさん」
「へえ、僕のことも知ってくれているとは光栄だな」
「実績とその実力からで今一番不在となっている剣聖団トップの『アルファシオン』に近い男と聞いているよ。まあ、こんなにチャラい奴とは思っていなかったがな」
「ははは、そんな噂がね。僕は、次のアルファシオンは、君こそがふさわしいと思っているよ。スフィーティア」
「そんなことは、考えていません。私には、やるべきことがある。それだけです」
「まだ、気にしてるんだね。君は。あれは、君のせいではないのに」
アレクセイは、この発言の時は微笑を消し、スフィーティアの心情を察していた。スフィーティアはそれには答えない。
(あれってのは、何だ?
アトスはスフィーティアをジッと見ていた。
ここで会話は途切れ、アレクセイは、ほぼ崩壊していて原形をとどめていない流血のドラゴンの亡骸の傍に歩いて行く。それは、スフィーティアがいるあたりからは、100m位は離れた場所だ。胴体の辺りはまだ塊として残っていた。アレクセイは、背中に差した特大の剣聖剣『レッド・パージ』を抜くと、赤い剣身をその黒ずんだ胴体に突き刺した。アレクセイが念を込めると、胴体は燃え上がり、後には黒く妖しく光る石だけが残った。
『黒竜石』
アレクセイは、それを拾った。
「スフィーティア、これは僕から本部に届けておくよ。それじゃ」
すれ違い様、スフィーティアの肩をポンと叩きそう言い残すと、アレクセイは軽く手を振り、去って行った。
「アトス、私達も引き上げるぞ」
「ああ、また次の任務があれば、声をかけてくれ」
「お前には、ほんと助けられている。ありがとう」
スフィーティアが真顔で礼を言うと、アトスが、キョロキョロと辺りを不安そうに見ている。
「何だ、それは?」
「あ、いや、お前が二度も礼を言うなんて、地震でも起きないか心配になってな」
「わ、私だって感謝すれば礼は言う!」
スフィーティアは心外だというばかりにそっぽを向いた。
「悪い、悪い。お前から評価されたなら嬉しいよ。それじゃ、また呼んでくれ」
気まずくなったところで、アトスは逃げ出すように去ろうとする。が、スフィーティアがアトスの肩に手をかけた。
ビクっ!
アトスは恐る恐る振り向く。
「お前が良かったら・・、だが。私の城に来ないか?食事位一緒にどうだ?」
スフィーティアはこういう事を言うことに慣れていないようだ。頬をかきながら、横を向いて言う。
「え、何?お前、お城に住んでるの?」
「古びた居城だがな」
「行く行く。絶対行く!」
「なら、連れて行くが、場所は探るのは無しだぞ。サポーターのお前でもな」
「ああ。約束するぜ」
「少し待ってくれ」
スフィーティアは、左腕の透明な
※シュライダーについては、本編『剣聖の物語 ~美の剣聖 スフィーティア~ エリーシア編 第1話 剣聖スフィーティア・エリス・クライ』をご覧ください。
シュライダーは、スフィーティアの目の前でスーッと止まった。
「うわ、何だ。こいつは?」
スフィーティアは、シュライダーに跨る。
「後ろに乗ってくれ」
「ああ」
アトスが、スフィーティアの後ろに跨った。
「しっかり掴まってろよ」
ボヨヨーン!
アトスは、目測を誤りスフィーティアの豊満な胸をギュッと握ってしまった。
「馬鹿、もっと下だ!」
「悪い、わざとじゃない、わざとじゃないぞ!」
「いいから早く胸から手を離せ!腰の辺りだ」
(※ここは、お約束の展開を挟んで)
「わかった。う、うわーっ!」
スフィーティアは、アトスが腰に手を回すと、シュライダーを操作し、急旋回をする。
「振り落とされるなよ!」
スフィーティアが、アクセルを全開にすると一気に加速し、周りの景色が溶け出した。
「ひえっーーーーーーーーーーー!」
アトスは、落とされないようにスフィーティアにしがみついている。
そして、ある座標に到達すると、シュライダーは、歪んだ空間に突入し、消えた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
7、8年前に遡る。
ここは、聖魔道教国ワルキューレにある聖魔騎士の訓練場。
黒髪の端正な顔の少年が、魔法を絡めた剣技の練習をしていた。その様子を一人の長身で屈強なロン毛で茶髪の男が腕を組み観察していた。
「
少年が剣技を終え、振り返り声をかけても応答が無い。
「ああ、悪い、悪い」
「どうでしたか?今のは?」
「ああ、良かったぞ。大分上達したな、シン」
アトス・ラ・フェールは、黒髪の少年の魔法を絡めた剣技を褒めた。
「だがな、もっと実戦を意識して訓練をするんだ。お前が目指す聖魔騎士への道は甘くはないからな」
アトスは、厳しく少年を諭す。
「はい。師匠。お願いがあります」
少年は、
「何だ。言ってみろ」
「師匠の
「またか。お前も好きだな」
「僕は、どうしてもゴッドハンドを自分のものにしたいんです」
「まだ、お前のレベルでは早いと言っているだろう。習得する魔法や技にはレベルと順序と言うものがあってだな」
「わかっています。訓練はちゃんとします。どうかお願いします」
少年は、頭を下げた。
「ああ、わかった。わかった」
そう言うと、アトスは、腰を落とし、ドンと右足を地面に打ち付けた。凄まじい気が巻き起こる。
「ふん!」
その気がギューッとアトスの周りに収束していく。そして、アトスの背中の辺りの気が揺らぎだす。
「来い!
ブファオオーーーっ!
「ううっ!」
凄まじい大気の圧にシンと呼ばれた少年は飛ばされそうになるが、歯を食いしばり、耐えた。
アトスの背中の上方辺りから、二本の大きな無色透明な腕が伸びていた。そして、右腕の方が伸びて来て、シンの目前でピースサインする。
「凄い!師匠はやっぱり凄いです」
シンは目を輝かせた。
「そうか」
アトスがフッと笑った。
「シン、お前がこいつを自分のものにした時だ。いいか、覚えておけよ。こいつは強力な力だ。お前がこいつを使うのは、守るためだ。教皇王様とマリー・ノエル皇女様、聖魔道教団、家族や愛する人たち、そしてお前が守りたい価値観のために使うんだ。決して己の力を過信して人々を傷つけるために使ってはいけない」
「はい。僕には守りたい子がいます。その子を守るためにゴッドハンドを自分のものにします」
「え?お前、好きな女子とかいたのかよ」
「はい。兄妹のように育った子です。でも僕に力が無くてその子は連れて行かれてしまいました。だから、僕は強くなるためにここに来ました。
シンという少年は、真剣な眼差しをアトスに向ける。
「お前、子供の割には、ませてるのな・・」
「アトス様。こちらにおられましたか。教皇王様から出頭するようにとのことです」
「教皇王様が?はて、何だろう」
アトスは、教皇の元に急いだ。
「
呼ばれたのは、教皇王のクイリナーレ宮殿内の執務室だ。その場には、聖魔騎士団長であるイーリアス・ラッティージョ・カラマタと聖魔道士会会長であるファルネーゼ・カーラ・エディツィオーネもいた。アトスは怪訝に思った。騎士団と魔導士会のトップが顔を揃える場に呼ばれたと言うことはよほどの重大事が起こったのだと推察される。因みにアトスの役職は、聖魔騎士団の副騎士長だ。
教皇王クリサリス・ホープ・ワルキュリアが口を開いた。
「アトスよ。貴公に頼みたい。いや、貴公にしか頼めないことだ。このことは機密事項故、他言はしないでもらいたい。マリー・ノエルが消えた・・」
「はあ・・。マリー・ノエル様がいなくなった!お加減が悪いと聞いておりましたが、それは、どういうことですか?」
「わからん。忽然とあれを囲っていた城から消えたのじゃ」
「訳がわかりませんが。マリー・ノエル様は、最近公の場に姿を見せることがありませんでしたので大丈夫なのかと気にかけておりました」
「事実は、事実だ。マリー・ノエル様が、幽閉されていた城から消えたのだ」
イーリアス騎士団長が口添えする。
「幽閉って。皇女を幽閉するってどういうことですか?」
アトスは、マリー・ノエルを想い詰問口調になる。アトスは、気高くも人との接し方が不器用なマリー・ノエルを思い出していた。邪険に扱われることも多かったが、悪気があってそう接するのではないことがわかると積極的に皇女に接した。すると、皇女はアトスを信頼するようになったのか、何をするにもアトスを召した。しかしあることを機会に皇女は姿を見せることが無くなった。それは・・・。
「アトス、お前には話していなかったが・・・。実は・・」
イーリアス騎士団長が教皇王を察して、口を開く。
「よい」
教皇王が手でイーリアスの発言を制した。
「朕から話そう。アトスよ。マリー・ノエルは身ごもっていたのだ」
「身ごもった?」
「臨月だった。あと1月ほどで産まれよう」
「その・・。皇女のお相手というのは?」
「
教皇王は、顔を右手で覆った。
「まあ、察しはついておるが・・」
教皇王の杖を握った拳が、プルプルと震えていた。イーリアスもファルネーゼもそれ以上訊くなと首を横に振る。
「失礼いたしました。余計な詮索でした」
「すまぬ。今は、あれをすぐに連れ戻さなければならない。あれの魔力は絶大じゃ。100年に1度、いやそれ以上の魔力よ。故にドラゴンに狙われてしまう。朕は、あれを愛しておる。あれが後継者であること以上にな。それにお腹の子も相手が誰であれ、朕の孫よ。会うてみたいのじゃ。
「御意。必ずやご期待に応えてみせましょう」
アトスは、決心を固めた。
イーリアス騎士団長がアトスの肩をに手を置く。
「アトスよ。お前にこれを渡しておこう」
それは、『魔力探知機』だ。コンパスのような丸い形状をしていて。探している魔力の方向を指し示す。魔力には色がある。その色を記憶させ探知するのだ。
「マリー・ノエル様の魔力の色を記憶させてある。あの方は、魔道の扱いに長けた方。魔力を極限まで抑えていようが、色までは変えられない。役に立つだろう」
しかし、受け取った探知機は、何の反応もしていない。マリー・ノエルは近くにはいないと言うことだろう。
「それと、これを。見たらすぐに破棄しろ」
イーリアスは小声で話し、アトスの手に紙片を握らせた。アトスは、教皇王に敬礼し、部屋から出て行った。人気のないところで、イーリアスから渡された紙片を開いた。
アトスは、目を見開いた。そこには、人の名前が書かれていた。
『剣聖ユリアヌス・カエサル・ブルーローズ』
「あの野郎・・」
アトスは、紙片を燃やすと、急ぎ後宮を後にした。
『俺は、この後マリー・ノエル様に一度会うことができた。しかし、あの方を連れ戻すことはできなかった。教皇王様の落胆されたお姿を今でも忘れることができない。それから、暫くして、俺は、聖魔騎士を辞めマリー・ノエル様の捜索をすること申し出た。しかし、教皇王様は聖魔騎士を辞めることを許されなかった。表向きは聖魔騎士を引退する形を取ることになったが、教皇王様直轄扱いとなりマリー・ノエル様の行方を追った。
そして、剣聖団が関係していることは間違いないとわかったので、剣聖団が腕の良い
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(つづく)
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