第26話 復讐の果て 10 残像
「マスター・アライン。あなたが私に託してくれた
剣聖剣カーリオンを斜に構えると青白い光の光度が輝くように増した。スフィーティアは、流血のドラゴンを中心としてその周囲を回転するように駆け始める。スピードがズドンと一気に増すと、剣から出る凍気が周囲を凍えさせていく。スフィーティアの姿が残像となり、幾重にも重なるように見えた。
「これで
スフィーティアの残像から凍気が溢れるように迸り、次々と円周からスフィーティアの発した凍気が中心へと氷撃を仕掛ける。そして、流血ドラゴンをしだいに凍らせていく。最初は、すぐに体内から沸きだす熱い血に凍結は解除されるが、徐々に追いつかなくなり、ドンドン体内の血をも凍らせていく。
ヒューーーッ!
流血ドラゴンの悲しい悲鳴が、周囲に木霊し、途切れるように細くなり、流血ドラゴンはほとんど凍え動かなかなった。
「こ、これは何じゃ。小奴にまだこんな力があったというのか!」
オギルは、急な形成逆転に信じられなというように呆然としていた。
「オギル、止めだ!」
『覚えておれ!儂はお前をあきらめんぞ』
しかし、剣で突き刺したと思ったのは、オギルの残像であった。スフィーティアは、またしてもオギルを取り逃がしてしまった。
流血ドラゴンの頭にカーリオンが突き刺さると、そこから凍結した流血ドラゴンは、ポロポロと崩壊していった。
地上に降り立つと、竜力を使い果たしたスフィーティアは、
「スーッ、ハーッ、スーッ、ハーッ、スーッ、ハーッ」
「クソ!また、
スフィーティアが、地面に拳を打ち付けた。
スフィーティアは、顔を上げ夜空を見た。
「アライン。私は、あきらめない・・」
土を掴むように指をめり込ませた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一方のオギルは、懲りずにミドガルズオルムの森に逃げていた。
ローブも無くあられもない姿だった。既に身体を覆っていた赤い血は落ちていて緑色の肌となっていた。
「クソっ!もう少しのところであったものを。あの役立たずの竜め。まあ、よい。これは、まだある」
オギルは、左手に握る妖しく輝く赤い宝玉を見た。
「へえー、不思議な色の玉を持ってるんだね」
突然、後ろから声をかけられ、オギルは驚いて飛び退いた。
目の前には、白いロングコートに身を包んだ2メートルは超える赤毛の大男がいた。それも、少し軽そうだが、かなりの色男だった。背中に赤い大剣が交差して二本差してあった。
「何だ、お前は?ど、どこから現れた?」
「どこって?ずっとここにいたけどね。周り見て見なよ」
暗い中、周りをよく見ると、
「うわあっ!」
オギルは驚いた。
「君を待っていたのさ。ガラマーン・パラサイトの首長君」
ニコリと笑顔を見せる色男だ。
「その装束。お主、剣聖だな」
オギルは、額から冷や汗が滲む。今、剣聖とやり合っても不利なことはわかっていた。それに、目の前の軽そうなチャラ男から得体の知れない恐怖を感じていた。
「うん、そうだよ」
チャラ男から柔和な笑みは消えない。
「お主、名前はなんというのじゃ?」
「僕の名前聞いてもしょうながいでしょ。君は、ここで終わりなんだから」
「まあ、そう言わず。どうだ、儂と取引せんか?儂を見逃してくれたら、お主にこれをやろう。なあ、興味あるじゃろう」
そう言って、怪しく光る赤い宝玉を差し出す。
「へえ。どうしようかな~。どれどれ」
チャラ男が近づき、手を伸ばす。オギルは微かに口元を歪ませた。
すると宝玉から赤い煙が突然沸き起こり、辺りを煙に包んだ。
「ウヒヒヒッ。引っかかったな。お人好しが!さらばじゃ」
オギルは、またしても転移して逃げようとした。
しかし、次の瞬間、赤い煙は一閃の元に払われた。
ドサッ!
「ウギャっ!」
オギルの首が刎ねられ、地面に転がり、胴体は地面に突っ伏した。
煙が晴れると、チャラ男が、背中に差していた一方の剣の
「あ~あ、ダメだよ。人を騙すようなことしちゃ」
そう、このチャラ男は、アレクセイ・スミナロフである。剣聖団本部の命でスフィーティアのサポートに派遣されて来ていた。アレクセイは、オギルの持っていた赤い宝玉を拾う。
「ふーん。やはり、これは竜石だよね。どうやって手に入れたのかな?」
「やい!よくも儂の首を撥ねてくれたな!」
突然撥ねられた首が話し始めた。
「ゲっ!気持ち悪!どうなってるんだ?」
アレクセイが、引き気味にオギルの首を、持ち上げて見る。
「お前、よくも儂をこんな目に!」
「君、人のこと言えないでしょ?」
アレクセイは、オギルの頭を地面に落とした。
ゴン!
「うぎゃあっ!」
頭から落ちたようだ。アレクセイが再度オギル首を持ち上げて見る。
「こ、こんなことをして、お前・・」
またしても、アレクセイは首を落とすと、今度は遠くに蹴った。
「うぎぎぎゃっ」
悪いことに、首が落ちた所には、不運なことに
ウウウーッ!
「うわ、よせ、よさぬか、ウギャッ、痛い」
オギルの生首は、
「うわぁ、痛い、痛い!何でもいう事聞くから助けてくれ!」
「やれやれ」
アレクセイが近づくと、黒狼は逃げて行った。持ち上げて見ると、オギルの顔は咬みつかれ、血まみれになっていた。
「うう、助けてくれ。もう痛いのは嫌じゃ、痛いのは・・」
アレクセイは、オギルの顔を自分に近づける。
「ホント、君は醜いね。人を騙し、欺き、そして
アレクセイが、ニヤリとする。
「ヒイッ!」
その不敵な笑みにオギルは怯えた。
「でも、殺さない。
しかし、ここでアレクセイの表情が一変して険しくなった。
「でも、覚えておけよ。俺は、お前がアラインを辱め死に追いやったことを忘れない!あの世に逝ったらアラインと一緒にお前を見つけ出し、もう一度殺してやる!」
アレクセイは、また元のにこやかな表情に戻った。
「あ、そうだ、まだ君の胴体が残っていたね」
「うわ、何をするつもりだ!」
アレクセイは、オギルの胴体まで来ると、
「うぎゃあっ!」
「へえ、痛いんだ。何か動いてるし」
アレクセイは、嬉しそうに剣を突き刺すと、オギルの身体はビクッと撥ねた。
「また、繋がっても困るからな」
「うわぁ、止めてくれ」
もう一度、アレクセイは、オギルの身体に大赤湾刀を突き立てると、剣から真っ赤に炎が上がり、オギルの身体を焼いて行く。
「うぎゃあッ!熱い、熱い!し、死んでしまう!」
オギルが絶叫が森の中に
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一方のスフィーティアだ。
オギルをまたしても取り逃がしてしまった。
今すぐに追えばまだ間に合う。今が最大のチャンスなのだ。スフィーティアは、気力を振り絞って、何とか立ち上がる。
「ウガッ!」
膝からガクッと崩れ、両手をついた。竜力の使い過ぎによる反動が大きい。
しかし、スフィーティアは、諦めない。剣を杖によろよろと立ち上がった。
「行かないと・・」
そこに、アトス・ラ・フェールが血のドラゴンとの戦闘が止んだのを確認して戻って来た。
「おい、大丈夫か?」
弱りきって立っているのもやっとな姿のスフィーティアを見て、アトスがスフィーティアの腕を自分の肩にかけた。
「馬鹿、無理すんじゃねえよ!」
「まだだ。オギルを逃がした。追わないと」
「何言ってやがる。そんな状態じゃ無理に決まってるだろう!」
「関係ない。ここで奴を取り逃がしたら、また新たな被害者が出てしまう」
スフィーティアは、オギルの肩から腕を離すと、よろめきながらも立っていた。
(何なんだ。こいつは。こんなボロボロなのに、まだ戦おうとして・・。剣聖って奴はみんなこうなのか?嫌、違う。こいつだからだ!)
アトスは、頭を悩ませた末、結論を導き出す。
「ダメだ。俺が追う。あの野郎には、俺も恨みもあるからな」
「アトス、お前・・」
「そんなボロボロのお前よりはましだ。俺が行くぜ」
「その必要は無いよ」
そこに赤毛の大男が急に現れた。
(誰だ。こいつは?いつの間にここに!)
只者ではない雰囲気に、アトスは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「アレクセイ・スミナロフ」
スフィーティアがぼそりと言う。
「よしてくれよ。そんなよそよそしい言い方は」
アレクセイはガックリと肩を落とす。
「親しくもないと思いますので」
「はあ、相変わらず冷たいな。君の手助けに来たのに。ほら」
そう言うと、アレクセイは、オギルの首をスフィーティアの目の前に投げた。
「うぎゃあっ!助けてくれ、許してくれ!」
オギルは、大声で叫ぶ。
スフィーティアの表情が一変して険しい形相に変わった。そして、剣聖剣カーリオンを抜いた。
「ヒイッ!お願いだ。助けてくれ。もうお前のことは諦める。お前の前にも現れないことを約束するから!」
「貴様に弄ばれ亡くなった人々の無念を知るがいい!」
カーリオンが青白く輝くと、スフィーティアは、オギルの首に振り下ろしていた。
剣は、オギルの顔を真っ二つに割った。
バリバリバリバリっ!
顔は一瞬で凍りついてしまう。
「
凍結したオギルの顔は、粉々に砕け塵となり、星空に散って行った。
終わった・・・。
スフィーティアは、剣を落とし、膝から崩れ落ちた。
星空を見上げる。涼しい風が、スフィーティアの金色の髪を美しくなびかせた。スフィーティアは、右手のグラブを取り、右手を夜空に掲げた。右手の中指に赤い
スフィーティアは、
「アライン・・・。私は、やっと・・」
スフィーティアは、復讐を成し遂げた。
安堵はあった。
しかし、彼女の心を晴らすものではなかった。
失った命は帰らない・・。
この自然の摂理だけは変えられないのだ。
だから、亡くなった命を想う時虚しさが心を覆う。復讐を遂げたからと言ってそれは急に変わるものではないだろう。
それでも、突き動かす復讐を果たすという衝動を抑えられなかった。それだけのことだろう。
しかし、時が経ち故人を偲ぶ時、心が安らぐことがあるのもまた事実なのだ。
スフィーティアは、今はまだそのことに気づいていない・・・。
(エピソード「復讐の果て」完)
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