魔法の言葉

きと

魔法の言葉

「よう。随分ずいぶんと苦しそうじゃねぇか、兄ちゃん」

 幻覚を見ているのか、と男は思った。

 そう思うのも無理はないだろう。

 なぜなら、男はつい先ほど自分の部屋で首をったばかりで。

 誰も助ける人などいないはずなのに。

 それなのに、目の前には確かに自分以外の“何か”がいる。天井であるはずの場所に足をつけて、かがんでこちらをニタニタと気色の悪い笑顔で見ている。

 その時、首を吊っていた男は気がつく、

 苦しくない。確かに今の今まで、苦しくてたまらなかったのに。

「兄ちゃん。あんたがどういう経緯で自殺なんてしようと思ったのかは、興味はない。でも、どうだ? もう少しばかり生きてみないか?」

 目の前の“何か”は、変わらずニタニタとしながら問いかけてくる。

 もう生きていたくないからと思って決行した自殺。自殺をすることで気が付いた、死の苦しみ。

 こんなにも苦しいものだとは思わなかった。やっぱり死にたくない、と思うほどには。

 でも、もしもう一度生きることができるなら。

「い、生きたい。もう一度生きてみたい」

「……なら、契約成立だ」

 ぶちっと、首を吊るしていたロープが千切れ、男は床に落ちる。

 ゲホゲホと激しくせきき込む男の横に、静かに“何か”が下りてくる。

 改めてみると、話しかけてきていた目の前にいる“何か”は人間の姿をしている。喪服もふくに身を包んでいるようだが、それ以外のことが分からない。男のようにも見えるし、女性のようにも見える。老けているような感じもするが、若い気もする。それが、気持ち悪さを増幅させていた。

 男が落ち着くのを見ると、“何か”は話しかけてくる。

「さて、話の続きをしよう。これを見てくれ」

 “何か”は、喪服の上着のポケットから取り出したものを男に見える。

 それは、十字架じゅうじかを逆さにしたネックレスだった。

「いいか? これを身に着けている時に『アモクテ』と言えば、お前の望みが現実になる。ただし、注意しないといけないことがある」

「……なんだ?」

「望みを叶えると、寿命を1日消費する。だから、使いすぎるなよ」

 寿命を1日。確かに注意しなければならないが、そこまで大きな代償には思えなかった。

 もし、この話が本当なら男の人生はバラ色の人生だ。

 死ななくてよかった。男は、心底そう思った。


 男が何かに出会ってから、1週間がたった。

 男は、ネックレスの力で思うがままに生きた。と言っても、ネックレスの力を使ったのは15回ほど。まだまだ代償のことは、頭の片隅にある程度の物だった。

 先ほども仕事でミスしたが、ネックレスの力でムカつく上司のせいにしてやったところだ。

「はぁー、最高の気分だ。あのクソ上司、自分のせいになるとは微塵みじんも思ってなかったな。ざまぁみろ」

 さて、時刻は昼過ぎ。食事を早めにして、仮眠でも取るとしよう。

 そうと決めれば、早速財布を持ってコンビニへと足を向ける。

 早くしなければ、お気に入りのナポリタンスパゲッティが売り切れてしまう。

 徒歩で5分程でコンビニに着く。お気に入りの品は、どうやら売り切れてはいなかったようだ。

 レジでナポリタンスパゲッティを温めてもらい、会社へと戻る。横断歩道の信号が青に変わる。

 その時だった。

 トラックが男のもとへと突っ込んできた。

「……っ! アモクテ!」

 男は、とっさに叫んだ。願ったのは、もちろん自身の無事。

 だが、そんな願いもむなしく、男の体とトラックは激突した。

 男は、意識は失わなかったものの激痛が走る。だが、男はそんなことを気にしていなかった。

 考えることは、ただ一つ。

 ――なぜ、願いは叶わなかった?

 ヒューヒューと、か細い息をする男の目の目の前に、また“何か”が現れる。

「てめぇ、どういうことだ!? 願いを叶えるんじゃなかったのかよぉ!」

「ああ、そうだ。実際にお前の望み通りに色々と物事が進んだんだろ?」

「じゃあ、今のこれはどういうことだ!?」

 “何か”は、面倒くさそうに首に手を当てて答える。

「言ったはずだよな? 力には代償があると」

「それが、どうし……た……」

 男は、言いながら気づいてしまった。

 願いを叶える代償は、寿命の1日分。

 今の今までは、願いが叶っていたという事実を考えると……。

 “何か”は、ニタリと口を気味悪くゆがめて、現実を突きつける。

「いったいいつ誰がお前の寿命があと何年もある、なんて言ったんだよ?」

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魔法の言葉 きと @kito72

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