第4話 現代魔女、普通に暮らす

「あの、ご紹介したい人間の女性がいるのですが」

「ああ、もういいのです」


一週間で心変わりされたようだった。

「それは…どうされましたか」

「ビシーが帰ってきた。ウルダさんのおかげです」

「そう。あなたが糸川について頭を悩ませている間に、このあたりの猫たちから情報を集めていたの。いい男だって有名だったから案外すぐに彼の耳にも糸川が寂しがっているって届いたみたいね」


やられた。たしかに、そもそもすぐに愛することができたとしてもその任円の寿命が尽きてしまえば同じことだ。はじめから見当違いだった。彼は恋愛をしたかったわけではなく、寂しかったのだ。

「それで、ビシーがウルダさんに会いたがっていて、いま外で待っています。よければ一目会ってやってくれませんか」

しなやかではない体を靡かせて、彼女は糸川さんの膝の上から店の外に走った。面食いだから、もしかしたら糸川家の猫になってしまうかも。私だって寂しい。

「灯里さん。ぼくは灯里さんのご飯が大好きです。これからも毎週通います」

「そんなこと言ってもサービスしませんよ。いや、今日だけマリネつけておきます」

「結構です。魔法は技術ですから、お金払わないと」

「副菜はすべて自力なので、大丈夫です。常連さんだし」

「駄目です。自力も技術です。灯里さんの料理は魔法です」

「だから、」

「お食事もですが、ぼくは親身になってくれる灯里さん自身も」


「この子、人間の女しか好きになれないのよ」

ウルダがビシーさんを後ろに連れてやってきた。

「それに、親身になっているわけではなくて、この子は自分のできる仕事をしているまでのこと。そうよね」

「は、はい。だから、お気持ちは嬉しいのですが、すみません」

「そうでしたか。……あの、ちなみに、女の子になる薬って」

「……また明日の朝、店で待っているわ。あなたもよければ糸川についてらっしゃい」

たじろぐ私に代わってウルダは糸川さんから特注薬品のヒアリング予約を取った。ついでにビジーさんの予定も埋めた。いや、どちらがついでか私には分からなかった。


女の子の糸川さんを私は好きになれるのかしら。

変身薬であれば時間単位で代金が変動し、約一時間で三五〇〇円から。性別を本来望むものに戻す人間の医療は大金を積めば何も失わずに済むけれど、メンテナンスなしで体にあるものを一生別のものに作り替える魔術の場合、代金に加えて両の目玉を代償としていただく。建築家は目が見えなくなったら困るはず。それでもお願いしますと言われたら、私は糸川さんの魂を好きになれるかもしれない。

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物静かな火 蒲鉾の板を表札にする @kamabokonoIta

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