2-11
同時刻、新宿警察署————
薄暗い部屋の中、支給されたスマートフォンをポケットへとしまい込んだ
「先輩。やはり、あの子を事件に巻き込むのは反対です」
「何を言うのかな。事件解決の役に立ちそうなものなら、何でも使う。それが僕のやり方だって、長い付き合いのキミならば知ってるだろうに」
「それは……そうかも知れません。でも!」
眉を寄せ、どうにかこの男を止めようと思索する真中は、また少し口調を強める。一方の箱崎はそんな彼女を見て首を傾げた。
「キミ、そんなに忘れっぽかったかな。僕の捜査方針には口出ししないように、って前に言った気がするんだけど。何度も、ね」
「……それはそれ、これはこれ、です。未成年を、それも不審死事件の捜査に使うのは、さすがに法に触れる行為かと」
「今さら言うかね? そんなこと言ったら、キミだってその片棒を担いでるんだから同罪。そうでしょ?」
そう言うと、箱崎は開き直ったかのように小さく笑った。そして手近な椅子へと腰かけると、私物の手帳をパラパラと捲り、とあるページで指を止める。そこに書かれた情報を再確認し、彼はまた話を続ける。
「でもまあ、一般的にはそうだよね。そりゃあ僕だって、出来ればこんなことなんかしたくないさ。相手は未成年だしね。……でも彼は、あの
「それは……そうですけど」
まだ少し言いたげな彼女に向かい、箱崎は諦めろ、と言わんばかりに小さく溜息を吐く。手探り状態であることは認めているが、なり振りを構っていられないという明確な意思表示であった。
それに、これがすべて一連の事件なのだとすれば、早急に犯人を突き止めねばならない。犯行の動機が不明確な以上、このまま放置するとさらなる凶悪事件を生みかねないのだ。
箱崎の様子に問い詰めることを観念した真中は、不承不承ながらも明日の予定を確認する。
「……分かりました。ではもう一度確認しますけど、明日は捜査状況の説明をするため、彼と会う……そういうことでいいんですか? 朝九時なんて、随分と早い時間ですが」
「いいや、ちょっと違うな。キミの話から察したんだけど、どうやら彼はあの件について知らないようだからさ。まずは、彼自身が置かれている状況について、確認してみようと思うんだ。相当ショックを受けるかも知れないから、なるべくキミも近くで待機しててくれよ」
「それはつまり……あの件を話す、と?」
「ことと場合によっては」
その言葉を聞き、真中は顔を歪め天井を見上げる。明らかに面倒な事態となるだろう、ということを理解した彼女は、それを覚悟するかのように目を強く瞑った。
「……なるほど、それはまた。だったら『ムーンバックス』より、もっと気の利いたところがあるでしょうに。まあいずれにせよ、あの子も気の毒ですね」
「ははは、それは言わないでくれよ。僕はあまり気取った店には行けない人だからね。しかし、本当に可哀そうだよ。子どもは親を選べないんだからさ」
「そう、ですね。親、か……」
すると、真中は傍にあった机に並べられた、五枚の写真のうち一枚を手に取る。そして、その目に彼女の父親の姿を映すと、物憂げに呟く。
「今さら、どうして父の写真が……それも、
「ん? ああ、それのことか」
写真を持つ手を震わせる彼女へと、そっと近づき顔を寄せ、箱崎は大きな唸り声をあげる。新宿署の前を走る車両にも負けぬ重低音を耳にし、真中は露骨に嫌な表情を浮かべて箱崎を睨みつける。
「……なんですか。ちょっと、近いですよ」
「固いこと言うなって。まあ、確かに不思議な写真だよね。写ってる人たちもそうだけど、これがどうして
真中の言葉に耳を貸そうともせず、そのまま箱崎は質問を投げかける。仕方なく真中は一歩だけ下がると、軽く目を瞑り記憶を呼び起こす。だが結論は出なかったようで、眉間に皺を寄せながら答えた。
「さすがに、父と交流のあった人間については知り得ません。しかし少なくとも、真中
「そうだよねぇ……」
彼ら以外に写る他の人物に関しては、今のところ詳細な情報は得られていない。現時点でこの写真から考えられることがあるとすれば、彼ら自体に何らかの繋がりがある、というだけであった。
「とりあえずこの写真については、早急に情報を集める予定です。私の父も関与している件かも知れませんので、あまり気乗りはしませんが」
「ああ、慎重に頼むよ。なんか嫌な予感がするからね」
「嫌な予感、ですか?」
「そう。とっても嫌な、ね」
スピリチュアルと呼ばれる類の一切を信じない箱崎にすれば、それは非常に珍しい発言であった。ゆえに真中は少しだけ目を丸くしながらも、その予感を生む契機となった情報を確認する。
「それは……水島氏が絡んでいるから、ですか?」
「よく分かったね。あの悪名高き水島 龍太郎の息子、水島
そう言い、彼は真中の手に取らなかった残りの写真へと視線を移し、頬を掻く。
「この写真の裏に書かれた……えっと、なんだっけ?」
「『赤い部屋』、ですよ。どうして忘れるんですか」
「ああ、そうそう。『赤い部屋』ね……」
わざとらしく、思い出した、というような反応を示した箱崎は、
彼の行動を黙って見つめていた真中は、それを見て呆れた様子でPCの画面から視線を外し、また窓の外を眺めながら
「……またそれですか。下らない」
「そうかい? 『赤い部屋』と言ったらこれしかないでしょ。いろいろと考えてはみたものの、やっぱりクサいのはこれかな」
「はあ……」
軽蔑されているとは知ってか知らずか、まるで何も聞こえていないかのような箱崎に嫌気がさした彼女は、一つまた溜息を吐く。そして気合を入れ直すため軽く両頬を叩くと、傍にあった自身の黒い鞄を手に取り、彼へと背を向ける。
「では、また少し聞き込みと調査をしてきます。先輩は、そのサイトでも見て遊んでいてください」
「りょーかい」
「ちょっと、少しは真面目に……まったくもう」
視線を向けることなく、掌だけをひらひらと動かす彼の仕草に苛立ち、真中は足早に部屋から出ると、力強く扉を閉めた。大きな音がフロア中に鳴り響く中、箱崎は真剣な眼差しで、画面を凝視する。
彼が熱心に見つめているのは、何の変哲もないサイトである。ただし、バナー広告などから察するに、あまり公共の場で閲覧するには相応しくないものであった。
そのサイトの上部には、『みんなのFLASH集』と大きく表示されていた。ビビッドな背景色とフォントのチープさが合わさって、目に痛いサイトであった。この手のサイトは、基本的にゼロ年代初期に作られたものが多い。
このサイトの表示にある『FLASH』とは、正式にはFlashという、特定のプログラミング言語を用いて制作された動画や画像のデータ形式のことを示す。簡易的な広告や、オンラインゲームの制作まで可能であり、広く普及していたものである。
だが、大手企業の製品に搭載されたオペレーションシステムに対応できなかったことや他のシステムのバージョンアップもあり、Flashの需要は徐々に減りつつある。
ここではそのFlashにより制作された作品が、感動系やおもしろ系、ホラー系などとジャンル分けされて公開されていた。しかしFlashが衰退傾向にあるためか、サイトの最終更新日は数カ月も前であり、現在の閲覧者数もほぼ一桁に近い状況にある。
そんなサイトであるにも拘わらず、箱崎は注視しているのである。無論、おもしろ系Flashを見てストレス解消を図るため、などではない。彼が注目したのは、このサイトでも特に人気のないジャンルである、ホラー系……そこに掲示されている作品であった。
表示されていたのは、あの写真の裏に書かれた文字列と同じタイトルの作品。
――――『赤い部屋』だった。
Select 小欅 サムエ @kokeyaki-samue
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