肝試しに笑いはいらない
透峰 零
俺達の活躍はこれからだ!
――割れた窓、剥がれた廊下のタイル、点かない電灯。
その日、
正直、七不思議というものに興奮した世代である春彦にすればワクワクするものがあるのだが、
「夜の廃校ってそれだけで不気味だよな。……効率悪いし、これ以上ネタを盛る必要あるか?」
わざとらしくノンフレームの眼鏡を押し上げ、身も蓋もないことを言ったのは
切れ長の目をした、ギリギリ「美」をつけても許される程度の顔面をした青年である。
「ネタっていうとお笑い芸人みたいやん」
「お前とお笑いか。……死んでも嫌だな」
ついでにいうと、口が悪い。
「ごちゃごちゃ言うなや、ジョーク下手か」
春彦が軽く頭をはたくと、思った以上に和也の頭が揺れた。すっ飛んだ眼鏡が、階下の闇に吸い込まれていく。
「ああ!」と和也の絶望的な声が暗いホールに反響した。
「何してくれてんだ。眼鏡高いんだぞ! 全国の眼鏡っ娘に謝れよ!」
文句を言いながらも、すでに彼は別の眼鏡を装着している。今度は春彦も見慣れた黒縁眼鏡だ。ちなみに、春彦の知るだけで彼の眼鏡レパートリーは二十くらいある。
「うっさい! 服変える感覚で眼鏡変えんな! 説得力皆無や! ってか、女子限定はキモいし全国受けせえへん! せめて眼鏡ユーザーとかにして出直せや!」
「いや、実際問題眼鏡は高いよ。今のは小倉君が悪い。僕だって、自分の眼鏡をそんな扱いされたら怒っちゃうからね」
先に階段を下りていた最後の一人――着物に黒いサングラスをかけた
「本川さん……」と和也は目がしらを押さえ、
「お言葉ですが、本川さんのそれは眼鏡じゃないです。サングラスというものです」
と、容赦のない指摘を叩き込んだ。
途端、雷に打たれたように本川が固まった。。
「そっか……」
約五秒後。自力で硬直から抜け出した本川はしおしおとサングラスを外す。
「町で見かけたから真似してみたけど……眼鏡じゃないんだ」
「「違いますね」」
ステレオでツッコミを入れた二人は、すでに本川を追い越していた。
辿りついたのは一階だ。目的の場所は、階段脇の廊下に貼られた薄汚れたパネル。
「で、どーすんねん?」
「そうだな。まずは場所から考えよう」
パネルは、避難経路を示した学校の案内図だった。音楽室や理科室など、二人にとっては馴染んだ施設が並んでいる。
「肝試しの定番って言ったら、やっぱり音楽室とか?」
「あー、ベートーベンの目が光るやつやんな。あと勝手に音が鳴るピアノ」
「そうそう」
盛り上がる二人の後ろから、控え目に本川が主張した。
「あとは歩く二宮金次郎像とかも良いよね」
「良いですね! 俺の学校でも流行りましたよ、その話」
「せやけどさ」
春彦は残念な事実を告げる。
「最近は二宮金次郎、数が減ってるらしいで。この学校もないんちゃう?」
「マジかぁ……世知辛いな」
「児童の労働を推奨することはできない」「戦時教育の名残」「歩きながらの読書は、ながらスマホの助長に繋がるのではないか」といった昨今の保護者の声に押され、全国から二宮金次郎像が姿を消し始めて早数年。きっと、今の子は実物を見たこともないのではなかろうか。
「なんでだよ! 二宮君関係ないじゃん! 立派だよあの子?!」
「あ、本川さんが怒った?!」
「落ち着いてください! 俺らはちゃんとそうやないって知ってますから!」
泣き崩れる青年を宥め、二人はズレかけた話題を元に戻す。あまり悠長に話している時間もないのだ。
「歩くといえば、人体模型はどうなん?」
「どうせ回収されてるよ。お前、人体模型の値段知ってる?」
「知らん。お幾ら万円?」
「四十万。この前テレビでやってた」
「絶対他の学校で別の人生謳歌してるやんソレ! てか、よく考えたら目が光るベートーベンもピアノも同じ理由であかんわ」
「あ~。じゃあ、トイレの花子さんとか?」
「お、ええんちゃう」
トイレの花子さんは、バリエーションこそ豊かだが誰もが知っている都市伝説だ。しかし、
「待って。女子トイレに入るの? 二十歳超えたおっさん三人が? 君達、廃校とはいえ……過去に数え切れぬほどの女性が用を足していたであろう場所に? 本当に入るの?」
『ドン引き』というタイトルをつけたくなるような目をした本川の視線に耐え切れず、春彦と和也はそっと顔を伏せた。
「……止めよう」
「おう」
その後も議論は紛糾した。
「永遠に増える階段」
「疲れるから却下」
「いや疲れないだろ。お前面倒くさいだけだろ!」
「僕も知っているよ。プールの水面から手とか足を突き出すアレはどうだろう?」
「「犬神家ぇ!!!」」
「というか、そもそも水がありません!!!」
といった具合に、進展が見られない。
そもそも、廃校で七不思議を求めることに無理があったのだ。三人がそれに気が付いたのは、一通りアイデアを出しはしたが、どれもこれも挫折した後であった。
幼い頃には心躍った学校の七不思議だが、時を経た今となっては現実世界のシビアさに打ちひしがれるばかりである。
割れた窓から空を見上げた本川が、小刻みに首を振った。
「もう時間がない。実体験で盛り上げよう。何かアイデアある人は挙手」
「はい先生!」
シュバッと和也が勢いよく右手を上空に突き上げた。
「はい赤城君早かった!」
「クイズ番組なんこれ?」
「ベタではありますが、うちの母親が体験したことであります!」
「よろしい、話したまえ」
中空で手を組み、先ほど外したサングラスを本川は光らせる。なお、
「いや、キャラぶれっぶれやん」
という、春彦のツッコミは受理されなかった。
「俺の母親が通ってた小学校、昔の処刑場跡? に建てられたそうなんですよ。で、色んな逸話があるんですけど、これは用務員さんから聞いた話。
夜に見回りをすると、廊下を歩いている時に風を感じるらしいんですよ。隙間風とかじゃなくて、まるですぐ傍を人が通り過ぎたかのような感じ。振り向くんですけど、当然誰もいない。でも歩き始めると、また感じる。振り向いてもやはり誰もいない……っていう、この繰り返しで…………えっと、本川さん?」
話の途中で、言い出しっぺの本川は廊下の隅で膝を抱えてプルプル震えていた。
「え、怖。普通に怖いよ赤城君。もっとライトでポップな感じのやつなかったの?」
「一番ライトなやつ選んだんですけどお?! てか、怪談なのにライトでポップってどんなだよ!」
和也は叫んだ。心の底からの叫びだった。
やり取りをのほーんと聞いていた春彦は、
「それええやん。風だけやなくて足音とかも入ってたら俺的にはモアベターやけど」
と、評した。
「うるさい! 実話だから仕方ないだろ! でもその案は採用!!」
そこ時、窓の外に光が差した。月明りではない、もっと人工的な明かりだ。
光源となったのは、校庭に乗り上げて来た一台の車だった。異様に低い車体から、重低音の音楽を垂れ流す白いレクサス。
和也が目を細める。
「あーあ、来ちゃった。アイデア足りない」
「とりあえずさっきの廊下すれ違い&足音は採用しよう。後は臨機応変に、現場対応でいこうじゃないか!」
「カッコよく言うてるけど、それ行き当たりばったりってことやんな?!」
春彦はツッコむが、すでに本川のテンションは上がっているのだろう。キラキラとした目で窓外のレクサスを見つめ、宣言した。
「だって久しぶりの肝試し案件だからね! 全力で驚かしにいこうじゃないか!」
思わず春彦は鼻を鳴らした。まぁ、確かに
「めっちゃ楽しいけどな。特権ってやつ?」
「そうそう、活かさなきゃ損だよ! 僕もかれこれ二百年以上やってるけど、全然飽きないからね!」
「本川さんが肝試しハイになっておられる」
「いや、ランナーズハイみたいなお手軽感覚で言うなや」
と、そこで和也が「ふむ」と顎に指を添えた。
「今ちょっと考えたんだけどさ、あの白い車に手形つけまくるとか楽しそうじゃない?」
「良いねえ、やろうやろう!」
「ええやん。何より、たっかい車汚れんのが最高や」
テンションは上昇気流。あとは被害者がどんな人物か気になるのみだ。
わくわくと三人が見守る前で、車のドアが開き――
「「「え」」」
出て来た被害者の面相に、三人は絶句する。
パンチパーマ。
サングラス。
刺青。
スキンヘッド。
煙草。
リーゼント。
「ちょ、なになになに。あの人達、横通り過ぎたら問答無用で襟首掴まれて「ジャンプしろや!」とか言ってきそうな人たちなんですけど?!」
「ジャンプで済まへんて! 変なツボ売りつけられたり、問答無用でボコられて恥ずかしい写真撮られて
「止めろよ馬鹿、具体的すぎて怖い!」
「馬鹿言うな、せめてアホって言え!」
ぎゃーぎゃー喚く三人に気づいた様子もなく、男達はザッ……ザッ……と無駄に重低音を響かせて地面を踏みにじりながら、校舎に近づいてくる。
「赤城君、手形――」
「無理!! 絶対無理!!! 殺される」
縋るような本川に、和也が腕で大きくバツ印を作り、
「いや、そもそも俺ら全員もう死んでるから!」
という春彦のツッコミは、やはり受理されなかった。
・・・・
本川久助(一八〇七年没、死因:脚気)
赤城和也(一九八〇年没、死因:交通事故(頸椎骨折))
小倉春彦(二〇〇一年没、死因:過労(心筋梗塞))
肝試しに笑いはいらない 透峰 零 @rei_T
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