おもしれー女が本当におもろくて、人生を変えられてしまったイケメンのお話

タカテン

イケメン、大阪の地に立つ

「笑いを取りたいか?」


 絶望に打ちひしがれる拓也の耳に、その女の声はとても魅力的に響いた。

 

 国崎拓也くにさき・たくやは常にスクールカーストの頂点に立っていた。

 イケメンだからである。

 そのあまりのイケメンぶりに周りの女の子はたちまちメロメロになる。勿論、中には拓也に気のないような反応をする子もいるが、

 

「へぇ、おもしれー女」


 そんな時にはこいつが有効。この台詞ひとつで相手は「え、ウソ? 学園の王子様が私なんかに興味を?」と勝手に妄想を膨らませて、拓也のことが気になってしまうのだ!

 

 だからその時……親の仕事の関係で東京から大阪の高校へ転校した初日。きゃーきゃーと拓也に群がる女の子たちから離れてひとり『ヤスキヨ漫才大全集』なるものを読んでいるおかっぱ頭の女の子にも、思わずその台詞を言ってしまった。

 拓也にとっては何でもない一言、もはやクセになってんだレベルの台詞である。

 しかし関西人、とりわけ大阪人にとって「面白おもろい」は特別な言葉なのを、この時の拓也は知らなかった。

 

「猫のモノマネするで! はい、フレーメン反応!」

「なんかお題を出してや。上手くボケるさかい!」

「絶対すべらない話、聞いてくれー!」


 突如として始まる女の子たちの面白ネタ合戦に唖然とする拓也。

 すると誰かが拓也にも一発ギャグをやってと無茶ぶりをしてきた。

 拓也はイケメンである。一発ギャグなんかやったことがない。

 だがイケメンに不可能はない。たとえやったことがなくても、イケメンならばどっかんどっかん笑いが取れるはず!

 

「じゃあ、行くぜ。ラーメン、つけ麺、僕――」


 次の瞬間、それまで笑顔だった女の子たちがたちまち無表情になった。

さっきまでの笑い声がウソのように静まり返り、まるで音が世界から失われたかのようだ。

 

「……しょーもな」


 その沈黙を誰かが破いた。

 

「なんや、ただのつまらんイケメンかいな」

「期待して損したわ、ホンマ」

「所詮は東京モン、お笑いのセンスなさすぎやわー」


 そして今まで自分に向けられたことのない、憐れみや嘲笑を含んだ視線に拓也は大いに戸惑った。

 そこへ。

 

「どうもー、ナッツ&ベリーでーす! 新作漫才出来たからやらせてもらうでー!」


 教室へふたりの男子生徒が入ってきた。拓也から見てなんともイケてないブサメンの二人組。拓也がこれまでいた世界では明らかにスクールカーストの最下層に位置する連中……のはずだったが。

 

「きゃー! ナッツ&ベリー先輩やー!」

「新作漫才やて! めっちゃ面白そうやん!」


 それまで拓也を取り囲んでいた女の子たちが一斉に踵を返し、ブサメン二人組へと殺到する。それを拓也はとても信じることができず、ただ呆然と見送るしかなかった。


「……にいちゃん、ここは東京とちゃう。大阪や。イケメンよりおもろい奴が天下を取る、それが大阪やで」


 目の前の現実を受け入れられない拓也の耳に、女生徒の声が聞こえた。

 さっきまで『ヤスキヨ漫才大全集』を読んでいたおかっぱ娘だ。

 問いただそうとする拓也。しかし、おかっぱ娘は唇に指を立てると「他人がネタやってる時は静かに聞くのがマナーやで」と話を打ち切った。

 

『どうもー、ナッツ&ベリーのナッツこと夏樹でーす』

『ベリーの方のブルーベリー片山でーす』

『ちょっとベリー君、聞いてくれる? 最近ぼく、すっごいツッコミたいねん』

『お、マジで!? だったら俺のナイスボケにどんどんツッコんでくれる?』

『ええよ、カモン!』

『それじゃあ行くよ。隣の壁に家が出来たってねー』

『オラァァァァァァァ!! パーーーンッ!!』

『オ、オウ!!!! ……ちょ、ちょっと待って。え、なんで君、僕のお尻に股間打ちつけたん? え、ツッコミたいってそういう意味?』

『オラオラ、もっとボケろよ!』

『いや、あかんて。ここ楽屋とちゃうんやで? みんな、見とるやん!』

『俺たちそういう関係やないやろ! パンパーーーーーンッ!!』

『ああ、君、いい加減やめぇや!』

『そう言いながらケツを突き出しとるやないかーい! パンパンパーンッ!』

『や、やめてや! 君、どんどん打ちつける股間が硬くなってきとるやん!!』

『わはは! パンパンパンパーン!!』

『あ、あかん……あかん……それ以上やられたら僕もうイッてまう!』

『オラオラ、イけぇ!! パンパンパンパンパンパンパンッ!!』

『あ、あ、あかんもう……おうおうおうおうおうおうおうおうおうおうっ!』

『オットセイのモノマネか!』

『え、ちょっと待って。なんで最後にお尻じゃなくて頭にツッコミ入れたん? もうええわ!』


 とんでもなく下品なネタだった。

 が、女の子たちは大爆笑。中には『あたしにもツッコミ入れて―』なんて言っちゃう子までいる。

 

「ふっ、さすがはナッツ&ベリーやな。校内カーストランキングのトップランカーは伊達じゃない」

「え、あいつらがスクールカーストの上位?」

「そうや。言うたやろ、ここは大阪、笑いを取る者が天下を取る街。それは学校でも変わらへん」

「馬鹿な。信じられない」

「今は信じられなくてもそのうちあんたも身に染みて分かるはずや。なんせあんた、この学校では最下層やからな」

「な、なんだって? 何故イケメンの僕が最下層なんだ?」

「そんなん当たり前やろ。さっきのダダ滑りのギャグであんたのランクは決まったんや」


 そ、そんなーーーーーーー!

 拓也はがっくりと床へ両膝をついた。

 東京では常にスクールカーストの頂点に位置していた拓也。しかしここ大阪では最下層だという。

 なんと言う不条理。なんと言う価値観の違い。大阪という街を舐めてしたことに拓也は今さらになって気付いた。

 ああ、明日からどんな生活が待っているのだろう。このイケメンがブサいくな奴らのパシリにさせられたりするのだろうか?

 

「……取りたいか?」


 不意に声が聞こえたような気がした。

 

「笑いを取りたいか?」

 

 今度ははっきりと聞こえた。

 

「笑いを取って最下層から這い上がりたいか?」


 見上げれば例のおかっぱ娘が真剣な眼差しを向けていた。

 

「取りたい! 這い上がりたい! で、でも俺、ギャグなんて……」

「ああ、あんたひとりでは無理や。でもあたしと組めば……天下M1も夢やない」


 と、おかっぱ娘は突然立ち上がり、拍手しながらナッツ&ベリーの方へと歩き出した。

 

「か、上沼……」

「おもろかったでー、今の漫才。あんたら上手なったなぁ。おばちゃん、思わず泣けてきたわー」

「おばちゃんって……お前、俺たちの後輩やろ!」

「は? 今、なんつった? うちが後輩やて? 幼稚園の頃から芸人なうちが後輩? はっ、舐めんなやクソガキどもがっ! 芸人やったら、うちのことは姉さんって呼ばんかいっ!」

「くっ! た、確かに芸歴はあんたの方が長いかもしれん。でも、あんたはもうほとんど引退しとるやんけ! お笑いスクールカーストにも参加しとらんし」

「引退? 誰がや? うちは引退なんかしとらんで。ただ、うちに相応しい相方がおらんかっただけや。……ついさっきまでな」

「なん……だと?」

「紹介するわ。うちの相方、人呼んでイケメン太郎や!」


 クラス中が注目する中、おかっぱ娘こと上沼は拓也を指差した。

 

「ちょ、俺はそんなダサい名前じゃ」

「いいや、あんたは今からイケメン太郎や! ええな、太郎、今からみんなをどっかんどっかん笑わせるで」

「ええっ!? いや、でもなんの打ち合わせもしてないぞ?」

「そんなん必要あらへん。あんたは必死にうちのボケにツッコミ入れたらええんや」


 いや、無理だ! 

 と拓也は思ったものの、上沼は勝手に漫才を始めてしまった。

 

『いやー、最近は何や怖い病気が流行ってますなー。皆さん、知ってはります、インフルエンザって』


 そこはコロナだろ!

 さっそくの分かりやすい上沼のボケに拓也はツッコミを入れようとした。が。

 

『世界中でめっちゃたくさんの人が死んではるんやって。怖いでんなぁ』


 拓也にツッコミを入れるタイミングを与えず、上沼が喋り続ける。

 

『でもね皆さん、これには効果的な対処方法があるんやって。ひとつはマスク。そしてもうひとつは……ここだけの話やけど、手洗いだそうですわ』


 分かり切ったことをもったいぶって小さな声で囁く上沼。今度こそ拓也のツッコミどころだ。

 

『最近入った店先になんや分からんけったいな容器があったりするでしょ? アレが実は手洗い用の消毒液だそうですわ』


 なのに今回も拓也はツッコめなかった。上沼が隙を与えずしゃべくるから、ツッコミを入れる時間がないのだ。

 

『で、手洗いにはコツがあるんだそうで。この指の尖端……この先っちょをしっかり消毒するのが大切なんですわ』


 上沼のしゃべくりはひたすら続く。

 一方、その横で拓也は焦りまくっていた。

 ツッコミを入れないといけない。ツッコミを入れて笑いを取らないと、明日からスクールカースト最下層の生活が待っている。そんなのは嫌だ。

 ツッコミをいれないと。

 ツッコミを。

 

『しっかり濡らして先っちょをこうして』

『ツッコませてくれー!!!!!!』


 ツッコミのタイミングとか関係なく、拓也は叫んだ。

 色々ともう限界だったのだ。

 

『なんや自分、ツッコみたいん?』

『ああ、頼む! ツッコませてくれ!』

『そうなんや? でね、みなさん、この先っちょをですね』

『だからツッコませてくれぇぇぇぇぇぇ!!!』


 ようやくツッコめると思ったところに、上沼がまた喋り出すものだからついに拓也の自制心がプッツンした。

 思わずその場で仰向けに寝っ転がると、まるで子供のように手足をジタバタさせて駄々をこねた。


 呆気に取られるみんなをよそに喚き散らす拓也。

 そんな拓也を無視してしゃべくる上沼。

 やがて拓也はわんわんと泣き出すと、ついには『先っちょ(のネタ)でいいからツッコませてください。お願いします』と土下座した。

 

 その瞬間。

 教室が爆発したかのように、皆の笑いが一斉に弾けた。


 かくして拓也は土下座イケメン芸人として上沼と共に数々の金字塔を打ち立てるのだが、それはまた別の話。

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おもしれー女が本当におもろくて、人生を変えられてしまったイケメンのお話 タカテン @takaten

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