【KACお笑い・コメディ】笑顔

風瑠璃

頼れる友

笑う。

大抵の人が当然のようにやっているそれを、俺は浮かべることができない。

小さい頃にはできていたような気がする。昔撮った写真には笑う自分がいるのに、今の俺は別人のように笑みを忘れていた。


「面白いってなんだろうな」

「お笑い見ながらそれを言うって嫌味だな。しゅうはほんとに変わらないな」


ケラケラと笑う姿にため息を零す。

スマホの画面には、お笑い芸人が体を張った芸をしている。

めちゃくちゃ面白いから見ようぜと友人である蒲哭かまないに言われて見始めたのだが、クスリともしない。

申し訳なさすら出てくる。


「なら、こっちはどうだ?」


ポンポンとスマホをタップして別の動画を映してくる。

蒲哭かまないのオススメする一押しの配信者だ。お金を大量に使ってトレーディングカードのパックを剥いている。数十万する福袋を平然と買ってみんなの前で披露するのは純粋に凄いと思う。

少なくとも、俺の給料では買えないし、買おうとも思わない。

カードに興味がないから。という理由もあるけど。


「うっわ。ハズレ引いてる」

「こんなキラキラしてるのにハズレなのか」

「価格が低いからなぁ」


そういうものなのか。

カードのことはよく分からないけど、キラキラしてるのが高いものだと思っていた。

三十分程の動画が終わる。

爆笑して涙すら浮かべる親友に、欠伸で涙を浮かべた。


「退屈そうだな」

「よく分からないからな」


分かっていたら面白いのかもしれないけど、俺にはその面白いが分からない。

終始顔を変えない俺に付き合ってくれることに感謝している。だけど、面白いと思っているのかは不明だ。なんでこんな俺に付き合ってくれるのだろうか?


「まっ今日はこんなもんだろう。明日も仕事だしな」

「仕事、か」


頭が痛くなる。

真面目にやっているつもりなのに、上からボロクソに言われる。

上司曰く。笑顔がないことが不満だそうだ。同期にニコニコしているやつがいるからこそ、俺が笑わないことが目立つそうだ。


「そっちも大変そうだな」

「大変。なのかな。めちゃくちゃに言われるのは慣れてるつもりだけどな」

「慣れんな慣れんな。悪いことしてないなら胸張れっての。お前が優秀なのは俺がいっちばん知ってんだ」

「優秀かねぇ」


頬杖をつく。

どうにも自信が持てない。大抵失敗して怒られる。何度も確認して、ミスを減らしているのに、いつの間にかミスが出てきて怒られる。

色々な人の手を経ている間に変わっている可能性もあるので、何も言えない。

所詮一番下なのだ。怒られるのも仕事なのだろう。


「怒られるうちが花って言うけど、怒られないに越したことはない。まっそのうち上手くいくさ」

「そうかなぁ」


上手くいく未来が見えない。

笑えないことがこんなに足を引っ張るとは思わなかったのだ。


「仏頂面なのが悪いのかね。まっお前の良さは別にあるだろ。なんとかなるって」

「楽観的だな」

「それが俺の取り柄だからな」


ニヤニヤしながら部屋を出ていく。

親友の立ち去る背中を眺めながら、もう一度動画を見る。

いつか、笑える時が来るのだろうか?



「なんでこんな数字なんだ。いい加減に学べ!!!」


部長の怒号にすいませんと返す。

チラリと資料を見たが、コピーされた数字が原本とあっていない。視界の隅でクスクスと笑う先輩があった。

何か面白いものでも見つけたのだろうか?

コピーを提出したのは先輩のはずなのに俺が怒られるのは何故なのか?

俺の仕事だから怒られるのは俺であってるのだろうけど。


「聞いてるのか。ほんっとに使えないな。同期を見習ってみろ」

「はい」

「ふぇ!?」


指摘された同期は自分のことが指されるとは思わなかったのか、変な声を上げる。

笑みを浮かべた彼女は華桐はなどうさん。いつでも笑顔の彼女はこの部署の癒しとも言えた。


「あっあの、その。私、えっと······」

「あ〜別に何かある訳じゃないから気にするな。集中していいぞ」

「はい」


ジロリと部長に睨まれる。

部長が指名したのになんで俺が悪いみたいな雰囲気になるのだろうか。

いつも雰囲気が悪くなるのが怒られる理由なのだろうけど、俺個人のせいなのだろうか?



「さっきは巻き込んで悪い」

「いえ。大丈夫ですよ」


奢ったお茶を手の中で弄りながら朗らかに笑みを浮かべる。

スっと笑みを出せることにいつも凄いなと思ってしまう。

同期になって三ヶ月。少しは砕けた会話ができるようになっていた。全く笑えない俺と常に笑顔の華桐はなどうさんはいつも比べられる。仕事で常にミスしまくるのでダメ新人と噂されていることも知ってはいるが、いつかは変わるだろう。


進藤しんどうさんはいつも怒られてるのに、なんで平然としてるんですか?」

「平然としてるように見える?」

「見えます。表情変わらないですし」

「そっか」


笑顔を浮かべないだけで無表情ではなかったはずなのに不思議だ。


「私は顔に出すぎるんですよ。お笑いとか見ると毎回大爆笑です」

「お笑いとかコメディで笑ったことないな。友人がいつも薦めてくれるけど笑えない」

「羨ましいです」


羨ましいのだろうか?

隣の芝生は青いってことなのかもしれない。俺からしたら笑えるほうが羨ましい。


「私たち。足して二で割ったらちょうどいいですよね」

「そうかもな」


チビチビとコーヒーを呷る。

俺たちは正反対だからこそ、そっくりとも言える。

こんな人が同期でよかったと思う。

昼休憩ももう終わる。残りの仕事を頑張ろう。


「あの先輩には気をつけてくださいね?」

「一応教育係だからな?」


なんで釘刺されたのか分からないけど、やれることをやるしかない。

未来の俺が何もかも変えてくれるはずだ。


笑わそうとしてくれる友人。笑っている同期がいれば、きっとーー


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【KACお笑い・コメディ】笑顔 風瑠璃 @kazaruri

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