お笑い/コメディ東京紛争 

λμ

黙示録

 のどかな青空に、けたたましいベルの音が鳴り渡った。昼飯の時間だと工業地帯に伝えているのだ。

 工場で働く人々が仕事の手を止め、街に散らばりはじめる――。

 その様子を、五キロ北方のビルに身を潜め、双眼鏡を通して観測する男がいた。

 パンテーラ相沢あいざわ。コメディ派の特殊作戦群、第三遊撃連隊に属する、前哨偵察兵である。

 

『航空支援求む』


 相沢はインカムを押さえて呟き、双眼鏡のスイッチを押した。光学照準器が工業地帯までの距離、角度、風向き、加えて待機中の水分量を計測、本部へ送った。

 待つこと、五秒、十秒、十五……、


うううぅぅぅぅぅぅぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!


 と、終末のラッパにも思える空襲警報が鳴った。今まさに出てきた工業地帯の人々が大慌てで両耳を塞いで屋内へ駆け戻る。

 だが、遅い。

 相沢がイヤーマフをつけ、躰を丸めた直後。

 低空から侵入してきた航空機が、工業地帯を横切るように、大音量のジョークをばら撒いた。音波式ジョークだ。耳を塞ごうと音波が大気を震わせ、空気振動として犠牲者たちを爆笑させる。

 そしてコメディ派のジョークで笑えば、もうコメディ派の一員だ。

 街には激しい笑い声が満ちている。

 やがて収まるも、余韻が残っている。

 もちろん、ツボに合わず、笑えなかったものもいるが――、


「これより、掃討戦に入る」


 相沢は飛び去っていく航空機を見送って、長距離狙撃用の指向性スピーカーを構えた。スコープ越しに、何が面白かったのかと困惑しきりの顔を確認する。笑ってしまったことでコメディ派に転んだ仲間の笑いのセンスが理解できない。そんなところか。

 

「許されるとは思わないがね」


 呟き、相沢はスピーカーのトリガーを切り、ジョークを言った。男が振り向いた。命中確認。だがツボが違う。相沢は次のジョークを言った。スコープの向こうで男がニマリと唇を吊った。もう一息だ。相沢は手元のネタ帳を一瞥し、とっておきを放った。男は笑った。

 もう、コメディ派だ。

 相沢は次から次へと人々を笑わせ、工場の周囲をコメディ派で固めた。


「こちら相沢。制圧にかかるぞ」


 帰ってきた連隊員の声に、相沢は指向性スピーカーを肩に担ぎ、空を見上げた。

 二〇二三年、三月十一日――カクヨムが四回目のお題として『お笑い/コメディ』を宣言してから丸一年が経っていた。

 紛争の火種はどこに埋まっているのか、わからないものだ。

 当初カクヨムは、お笑い『または』コメディのつもりでスラッシュを挟んだつもりだった。

 しかし、人々の中には、スラッシュ記号を除算記号として理解した者がいたのだ。

 ――いや、あるいは、お笑い派やコメディ派の指導者たちは、そのときを待っていたのかもしれない。


『お笑いはコメディの分子に過ぎない』


 コメディ派による不用意な宣言は、お笑い派の逆鱗に触れた。


『分母ちっさ! ちっさ過ぎて見えへんやないかい!』


 ツッコミのつもりがスタンダップ系コメディ派は怒り心頭、東京のお笑いを排斥しようと動いた。もちろん、東京お笑い派は抵抗し、関西お笑い派と連結、反転攻勢に打って出た。

 さすがはお笑いの本場だ。

 ベタの物量はコメディ派の想像を超えていた。

 コメディ派は落語家と漫談士を固定砲台に浅草演芸場をコメディ要塞化、圧倒的物量に対抗すべく相沢のような特殊遊撃隊を編成、押し返すことに成功した。

 それから、一年。

 いつ終わるとも知れぬ戦いに、コメディアンたちにも疲労が見えつつあった。


「どうしたんです、相沢さん。顔が暗いですよ?」


 年下の同僚に声をかけられ、相沢は吐き捨てるように呟いた。


「俺の電池は並列で繋がってるんでね」


 言って、股間――チンポジを直すような仕草をした。


「どうだ? 明るくなったか?」


 同僚は爆笑した。さすが相沢さんだ、と続けて、腹を抱えた。

 正直、何が面白いのか相沢には分からなかった。

 コメディアン工廠から運ばれてきたコメディアン向けジョークの一つだが、どれも相沢には理解し難かった。

 教官に言わせれば「つまらなそうに言うところが最高」なのだそうだが、さっぱり分からない。

 相沢はため息交じりに首を振り、部下を連れて工場に入った。情報では、お笑い派がコントの小道具を大量生産しているという話だった。

 しかし。


「なんだ、こりゃ……」


 相沢は工場で作られていたネタに困惑した。

 まだ仕上がっていないようだが、それは、まさに、


「無差別大量爆笑ネタ……お笑い派の連中、何を考えてやがんだ?」


 まるで、モンティパイソンの有名スケッチ『殺人ジョーク』を見ているような気分だった。可笑しくなってくる。笑いそうになる。完成したらどうなるんだろう、と。

 けれど。


「仕上がってなくて良かった」

「ですね。演者も用意できて……な……」


 クク、と同僚が肩を揺らした。瞬間。相沢は指向性スピーカーを同僚に向ける。

 同僚がケタケタと笑った。

 相沢はトリガーを引き、息を吸った。が。


「ま、待って下さい。これ……クク……自分で想像したら可笑しくなってきて」

「……つまり?」

「これ、コメディ派で使えないですかね? ……プクク」


 誘い笑いだ。大げさにやればお笑い派。静かに、ひたすら笑いを堪えていればコメディアン――と、されている。

 実態は不明だ。

 いわゆるコケ芸からしてそうだ。

 ただコケたらコメディなのか。大げさにコケたらお笑いか。

 基準はどこにあるのか誰にもわからない。

 開戦当初はモンティパイソンのシリーウォークが猛威を振るったが、対抗兵器として例のアホのレジェンドウォークが使用され、それパクリやないかいというツッコミが完成したときから、ネタの開発競争は激化している。

 そして、今や、これだ。

 相沢は小道具と言うには大きすぎるネタの原型を見つめて言った。


「俺達はどこに行こうとしてるんだろうな」

「天国」

 

 言って、同僚が笑い転げた。

 やはり相沢にはさっぱり分からない。

 お笑い派とコメディ派は、双方ともにネタを作りすぎたのだ。

 細分化と先鋭化が極まり、各派の上層部では内部抗争が始まっていると聞く。

 前線に立つ演者は、今、自分がどちら側にいるのかすら、把握できていない。

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お笑い/コメディ東京紛争  λμ @ramdomyu

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