わりとあれこれやることあって今日はまったく書けませんでしたが、代わりに読むことはできました。
というわけで、原田マハ『アノニム』を読みました。
面白いところもあったので、ネタバレ注意ー。
さて本作はアート(芸術)シーンでキュレーター(日本語的には学芸員)を務めた作者様による、現代アートのパワーとアートへの愛が作り上げたらしい一作。
あらすじとしましては、2015年くらいの香港――ようするに政治的なアレコレもあってデモとか起きはじめたくらいの香港で、現代アートの一つ何か絵具をまき散らした風に見えなくもないジャクソン・ポロックの幻の一作『ナンバー・ゼロ』を巡るスタイリッシュでパワフルなアートの可能性をうんちゃらかんちゃらな一作。たぶん。ちょっと消化(昇華)しきれてませんが、これは私の個人的な癖の問題。アート好きのはしくれとしては初の原田マハです。アート系文芸の覇者であります。
文体は……これ私が勝手にそう呼んでいるバブル世代文体。読みにくいというと語弊があるのですが、ブランド名とか、どこぞのクリスタルガラスがどうのとか、純金のなんちゃらとか、年収がなんちゃらとか、そういう語彙が非常に多い文体。正直に言えば、私はあまり得意ではない感じです。これ以上は余計な毒が出そう。
なので、お気に入りポインツ! 重大なネタバレあるかも注意ー!
まずは後の気になるポインツと被る主人公集団アノニム!
ようするに、盗まれた名作(アート)を盗み返して、元の場所に戻すという集団なのです。キャラがそれぞれ立っていまして、ミリ単位で拘る建築設計士ミリやら、オークションで価格を吊り上げるのが得意なネゴやら、みんなキャラが立ってる才能あふれる富豪級の人生の勝者たちであります。そんな人たちが謎ガジェットを駆使してこの世から消えそうなアートを確保して人々の目に解放しようと奮闘する――コンセプトはめっちゃ好きです。めちゃくちゃ気になるところありましたけど。
お気に入りポインツ2!
これも気になるポインツと関わるのですが、ジャクソン・ポロックを扱ってくれた点。現代アートという、わりと真剣に宇宙猫を大量発生させる世界のなかでも、比較的わかりやすい現代アーティストであるポロックを取り上げたのはなるほどと思いました。
ポロックはアクション・ペインティングというジャンルを確立させた立役者でして、ようするにこう、無秩序と秩序の狭間というか、誰もやってねえことやらねえと勝てないと思っちゃった世代アーティスト代表なので私も好きだからお気に入りです。
作品を見るとピカソに大層やられちゃってるのが秒で分かるのでアート好きで知らない方は是非ご覧になっていただければ。
お気に入りポインツ3!
お気に入り1の味方キャラと被りますが、敵のハッタリの利き方もそうとうなものでした。もう完全にアニメやマンガの世界ですが、欲しい一作のために大金をつぎ込んで部屋を作り直す『自称』ゼウスさんの理解しがたい自己顕示欲とか人物像がまったく見えなくて嫌いじゃないです。一方でパブロ・ピカソの隠し子的子孫なキャラについては現代に近すぎる人だからそれいいのって思っちゃいましたが。
なのでここから、気になるポインツ! ネタバレあるよ!
主人公グループの動向が基本すげー気になります。
金のために盗まれ、ときに破壊されてしまうアートのために、代わりに盗んで元の場所に戻したり人々の目に晒す――このコンセプトはすごくいいじゃんと思いました。芸術はほっとくとマジで悲惨なことになるので。
でも。でもですよ!
作中冒頭に現れる新進気鋭のアーティスト候補が自ら閃いた(けど先駆者がいた)アートに対して、すっごい気軽にお前ポロックの贋作を作ってよって言ってるのが超絶に気になる!
未来あるかもしれないアーティストをお前らの都合で贋作士にするとかお前らも大概クソゴミだけどそこらへん理解してる? ってなりました。
本人も俺の処女作みたいな熱量でやってるからOKってんなわきゃないです。贋作つくることを肯定的に伝えて騙くらかして作らせてます。しかも一晩かそこらでできたー! ってポロックをナメんな! 本物のポロックを見てディスレクシアが治ったアートすげーって障害ナメんな! その青年のアート魂に出来物の演説を加えて香港デモがって追い込まれて葛藤の果てにデモに至った人間たちの熱量を勝手に奪うなバカ!!
……みたいになりました。
いやもう、ほんと、私の言い方が悪いの分かるんですけど、芸術家とか活動家とかそういう人たちの魂的なものをクソ軽く扱って主人公たちスゲーってするの、バブル世代文芸あるあるすぎてぶん投げそうになりました。
特に主人公集団アニムスの主要人物とか父親が芸術で芽が出なくて贋作に手をつけて捕まって――みたいな体験をしてるんですよ。それなのにてめえらの都合でアーティスト候補の青年を贋作士に仕立てつつ俺の若いころみたいだなフフフじゃねえんですよ。お前サイコパスとかソシオパスとか以前にクソやべーだろ。父親の真作をバイトして溜めた金ぜんぶ突っ込んで足りなくて画商の好意で譲ってもらって涙した魂はどこで死んだんだよ。贋作つくらせといていいことした雰囲気つくるな。
気になるポインツ2!
敵役の大ボスが住んでるモナコの超絶高級アパートにある純金扉のエレベータ。じゅ、純金……!? 香港の純金トイレは知っていますし、純金メッキエレベーター扉も知っていますが、純金の扉はやべーですよ。重すぎて動いてるだけでやべーです。まあフィクションなんでいいですけど。
気になるポインツ3!
ジャクソン・ポロックの『ナンバー・ゼロ』!
作中のメインディッシュである、ポロックの幻の一作目、ナンバーゼロであります。もちろん、フィクションです。ただ、言いたい。ナンバーゼロのダサさは言いたいです。
現代アーティストのポロックがナンバー・ワンを出した時点でナンバー・ゼロなんてものは存在しないというか、勝手に外から名前をつけたにしてもダサいです。
なんならナンバーなにがしのBがあったとか、そっちのほうがらしいと思います。完全に私の好みの問題なので無視してください。
気になるポインツ4!
ポロックの話、ぜんぜんしないじゃん……!
ポロックの作品とお値段の話ばっかでポロックの人となりとか全然でてこないのはちょっと寂しいです。別にポロックの話じゃないけど作品を使うならもうちょっと混ぜるのが敬意でしょう感。
なぜなら、香港のデモがどうという話と絡めるならアメリカのポロックでなく、イギリスの前衛芸術家であるべきだと思ったからです! まあ完全な好みの問題ですけど。
でもそれこそ建築家が関わってる話なんだし戦後イギリスの建築と組み合わせると(スノッブスノッブ)
まとめ……えーと、うーん、なんか華やかな気配を雰囲気で感じるアニメチックなエンタメを欲する人に最適かもって感じです。作者さまは海外を飛び回った凄腕キュレーターなので、凄腕キュレーターにとってのアートがどういう意味をもっているのかという意味で勉強になりました。
とはいえ不勉強ながら本作しか読んでいないので、アートに対する価値観とかは他の作品も読ませていただいたうえで判断すべきかなあっていう感じです。
でも一個だけ。
どこにでもいるアート頑張ってるだけのやつを巻き込んで数億ドルの贋作事件の絵を描いた人間に仕立ててしかもそれが贋作として通用するとかいう間抜けな構図だけは許せぬ。現実にあるのかもしれないけれど許せぬ。今作に関してはやってることただの泥棒なんだからてめえらで贋作こしらえて盗めと。犯罪で金を稼いでてもまっとうにオークションに参加した敵の方が手段が正当じゃないかと。
意外と海外で活躍するキュレーターにとってのアートの感覚ってこんなもんなんだろうか。わからぬ。