第100話「記念写真」

 さて今日は特別な日。

 俺と凜は付き合い始めてからたくさんのところに行って、たくさんの時間を共有してたくさんの写真をアルバムに収めてきた。その間にただのカップルから婚約者になったり、俺が仕事を本格的に始めたり、婚姻届を書いたりした。まだ提出はしていないが、いずれ出すことになるだろう。


 今回はそこの話ではなく、アルバムに関する一つの話だ。


「空くん!! 一枚だけ足りない!!」


 それはある休日のこと。これまで溜めた写真をアルバムに張り付けていた凜が突如として大声をあげた。俺はその時にちょうど野菜を切っていたのだが危うく指を切るところだった。


「な、何が?」

「アルバムの写真!! 全部貼ったのに一枚だけ空欄ができたの! 私としてはアルバムに穴をあけたくないから何か写真を撮ろう?」

「これから人生で最後にふさわしい一枚を選ぶっていう意味を込めて空欄でもいいんじゃないか?」

「それだとこれからあるはずのいっぱいの思い出を選ばないといけなくなるでしょ? 却下です」


 ロマンチックなことを言って何となく終わらせようとしたのだが凜はダメだとばっさり切り捨てた。

 その物怖じしない性格は素晴らしく思うが少し傷つく。


「そうだ、みんなで記念写真を撮りましょう?」

「記念写真?」

「そう。お義父さんとママを呼んで家族写真を撮りましょ」

「せめてお義父さんもいれてあげてくれ」


 そういうところで仲間外れにするからお義父さんが怒りだすんだぞ。

 俺の言葉に凜は少し考えてそれもそうねと溜息を吐きながら肯定した。そんなに嫌なのか。

 俺は父さんに連絡してみる。今日は休日なので昼間から酒でも飲んでいるのだろう。俺が本格的に仕事を始めたからと言ってまだ高校生であることには変わりないので学生の本分は勉強なのだがあの人はそこら辺をはき違えているような気がする。


「あ、もいもい?」


 案の定、呂律が回っていない。詳しく聞くと寝ていたらしいがそれにしては周りが騒がしいので、飲みすぎて寝ていたのが本当の正解だろう。だが用件を伝えると、嬉しそうに「今から行く」と電話を切った。凜のことを実の息子よりも溺愛しているような気がするのは気のせいだろうか。

 凜の方を見ると、彼女もまた両親に電話していたらしく、手で小さく円を作っていた。どうやら時間が空いていたらしい。せっかく来てもらうのだから何か用意でもしておこうと戸棚をあさる。適当にチョコレート菓子を見繕うだけになってしまったが何もないよりはいいだろう。


「そういえば凜は大学受験するんだよな?」

「先生から推薦文でも何でも書いてやるから受験してくれ~って言われてるけど私はこのまま空くんの専業主婦でもいいかなって」


 俺の、と枕詞があると謎の背徳感というかぞくぞくとしたものが背中を走る。


「まぁ誰に聞いても大学は行っとけっていうだろうな......。本当にやりたいことを見つける時間が大学生ならたくさんあるだろうし」

「私の今の考えはダメってこと?」

「別にダメとは言ってないよ。けど見る世界を広げたら考え方だって変わるかもしれないだろ?」

「なんか最近、お義父さんに似てきたね」

「そうかな」


 自分が知らないうちに父親に似ているといわれた。どこら辺が似ているのかは気になるところだが、嫌なところを指摘されてしまうのは遠慮したいのでそのまま流す。


「凜!! パパが会いに来たぞ~っ!! 最近全然帰ってきてくれないから心配してたんだぞ。......んんっ! あ、空くん元気にしていたかな?」

「えぇ、元気にやってます。急にお呼びだてしてすみません」

「パパがいると勉強に集中できないから空くん家に居るのよ。そこらへんもうちょっと配慮してくれる? 具体的には空くんに原因があるような言い方するのはやめて」

「年頃の女の子の扱い方を知らないからそんなに邪険にされるのよ。あ、空くん久しぶり~」

「どうぞおかけになってください、お義母さんお義父さん。今コーヒーを入れるので」


 俺が席を立つときに凜が何かを言いたげにこちらを見ていたが俺は構わずに焙煎機のもとへと向う。

 お義母さんの分を入れて、お義父さんの分を用意しようとしたとき。


「ただいま~。おや、今日は随分と大人数だなぁ」

「あ、お帰り父さん。写真撮るから寛がないでそのまま立ってて」

「空と凜ちゃんはスーツとかドレスとか着なくてもいいのかい?」


 びしっと決まったスーツを見せつけながらそんな変なことを言ってくる。これは普通に家族写真なのでそんなに決まった服を着ると逆に変になるのだ。


「もう少し楽な格好でいいよ。そういう感じの写真は俺がもう少し年齢を重ねてからするから」

「わかった。そういうことなら」


 父さんは奥に消えていった。もう少しラフな格好の服を着てくれるはずだ。


「お義父さんきた?」

「あぁ。奥で着替えてるよ。どうする? すぐ撮るのか?」

「うん、そうしよ。写真を先に撮ってからその後は親睦会だね!」


 せっかく淹れたコーヒーが覚めてしまいそうだが凜の言葉の方が強いので許してください。お義父さんお義母さん。

 俺たちは外に出て、庭のあたりで並んだ。三脚を置いて、タイマーをかけて撮るらしい。そういうところは抜かりがないな。


「この全員で写真を撮ってこそ初めての家族写真だからね!」

「空と凜ちゃんは前にそして私たちは後ろで撮りましょ」

「ちょっと今動いたら時間が......!!」

「はやくはやく!!」


 てんやわんやになりながらどうにか自分たちの立ち位置に付く。


「くるよ! はい、チーズ!!」


 にっこりと微笑む凜。

 大人の笑みを浮かべるお義母さんと父さん。

 羨ましそうにしているお義父さん。

 そして。

 凜に腕を取られて赤面している俺の姿があった。


 きっとこれからも凜には手玉に取られることがたくさんあるだろう。だがそれでもいい。俺と凜、どちらともが幸せだとそう思えたのなら——

                  ~完~

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隣の席の美少女が告白を躱すために俺を強引に偽彼氏にしてきた 孔明丞相 @senkoku

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