第99話「テスト勉強」
「ほら、勉強しないと今度こそ赤点になっちゃうよ?」
ばしばしと机を叩きながら俺を見上げている凜の前にはやる気満々なのかずらりと教科書やノートなどの勉強道具が広がっていた。俺はと言えば先ほど起きたばかりでまだ頭がぼやけているし、寝ぐせもひどいし、何ならまだ朝ご飯すら食べていない。
「朝早いなぁ。流石成績首位の人は違うな」
「茶化してもダメ。空くんが勉強をそこまで重視していないことは知ってるけど、もう少しまじめにやらないと卒業できないよ?」
「......わかった、分かったからその視線を止めてくれ。朝ごはん食べたらするよ」
俺は後ろ髪をポリポリとかきながら洗面台へと向かう。
冷水を流して、顔にかける。冷たい感触が夢うつつの脳をはっきりと現実に引き戻してくる。
俺の家に朝から凜がいるというのは本来ならば驚くべきことなのかもしれない。昨日は久しぶりに家に帰っていたはずだからだ。その中でお義父さんやお義母さんと何を話したのかは分からない。また喧嘩のようになってしまったのか、今回は仲良くできたのか。
そこは俺の関するところではないのだが、その結果、凜は俺の家に戻ってきたということだ。
そして朝から俺に勉強を強制してくるということは結構不機嫌だな、と俺は顔を拭きながら確信した。
凜には合鍵を渡しているので侵入してきた、といえば言い過ぎになるが顔を合わせたくなくて朝早くに家を出てきたのだろう。
「昨日はどうだった?」
俺は椅子を引いて、パンを口にくわえながら凜に尋ねた。ちらりと時計を見ると時刻は七時を示している。
「どうって別に普通よ。可もなく不可もなく、私とママが仲良くしてたらパパが和を乱してきて私と喧嘩になって、パパが狙いをママに変えたらママが般若になって、私は非難するっていういつもの流れ」
「家庭崩壊してるな......。俺の家庭も家族と言えるのかっていうぐらい自由な感じだけど凜の家は......」
「はっきり言ってくれてもいいわよ。私だってこんな感じがいいとは思っていないし」
凜やお義母さんから話を聞くときはいつもお義父さんが悪者のように語られる。それはその人の立場からすると当然のことでもあるのかもしれないが、第三者からの率直な意見を言わせてもらうと少々憎みすぎな気がする。
俺が男子だからかもしれないが、女子の会話に入ってみたいのはどの年齢でも思うことだろう。そしてそれが自分の家族ならば尚更。相手にされないし、仲間外れにされると少し考えればわかることでもどうしても首を突っ込まずにはいられない。
凜のお父さんは本当のところではとてもやさしい人だと思う。
キャバクラに金を貢いでいたとしてもそれだけ仕事を頑張ってそのストレスを和ませるためだとかもしかしたら仕事の上司からお誘いされたので断れなかったのかもしれないし。凜のことを一番に考えているのは傍から見ていればすぐわかる。最終的には凜の気持ちを尊重して俺を認めてくれたのもその理由の一つになるだろう。
「いつかお義父さんと分かり合える日が来るといいな」
「そんな日は来ません」
「ばっさり?! しかも即答!!」
俺の朝食にかける時間はとても多い。俺は朝起きた瞬間からすぐに食事をすることができないのだ。胃が萎んでいるのかは定かではないが、あまり食べ物を受け付けないのだ。しかし食べなければその日一日の状態に関わるのでもさもさと食べてはいるのだが、凜は俺がとても遅いことを知っているので一足先に勉強を始めてしまった。
勉強をしている人に話しかけるほど俺は馬鹿ではないので黙ることにした。テレビもついておらず、ただ音がするのは凜のシャーペンが紙を削る音のみ。
いっそ気持ち良いと思えるほどの思い切りのいい音は改めて凜が頭のいいことを示していた。
「空くんは私が邪魔だなって思うときはないの?」
「どうした急に?」
「だって、こんな朝早くから彼氏の家にいる彼女なんてどこを探してもいないだろうし。その上さらに彼氏の嫌いな勉強を強制させるし、朝ご飯を急かすように私だけ勉強を始めちゃうし」
凜から話しかけてきたので話してもいいのだろうと、判断する。
今日の凜は気分がよくないらしい。それは体調の面ではなく精神的な面で。
「凜を邪魔だと思ったときなんてないよ。むしろ毎日俺の方が邪魔だと思われていないか心配なぐらいだ。......別にみんなの想像するカップルを演じる必要はもうないからいつ俺の家に来ようと気にすることはないし、勉強は学生なら避けては通れないだろ」
「それはそうなんだけどさぁ......」
尚も煮え切らない凜。俺はそっと立ち上がって、凜の背後に立つと後ろから思いきり抱き締めた。突然のことに驚きの声をあげる凜だが俺はお構いなしにぎゅっと抱きしめる。
「へっ?! 空くん?」
「凜エネルギーを吸い取ってる」
「私は......空エネルギーをもらってる」
「じゃあどっちも元気になるな」
耳元で囁くとういういと何かを口走りながら俺の方へともたれかかってくる。
「空くんはすごいね。さっきまであんまり元気なかったのに今は幸せでいっぱい」
「凜が俺をそうさせてくれるからだよ」
凜はきょとんとしていた。だが俺をこういう風にしてくれたのは確かに凜なのだ。
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