第98話「Happy birthday!」

 本日は九月二十七日。

 愛する彼女の誕生日でもあるその日は俺にとって大切な日である。


 本当なら当日の朝におめでとうの言葉とともにプレゼントを渡したかったのだがその肝心のプレゼントがまだできていないという連絡を受けて、俺は申し訳ないがのらりくらりと凜の「今日私お誕生日」アピールを躱して放課後まできた。

 これもまた凜には申し訳ないと思いながらもそのプレゼントを取りに行かなければならないので適当な理由を作って凜には先に帰っておくように言った。


 お義母さんとの話では一か月程度の話だったのだが、いつの間にやら俺の家が凜の住む家のようになっている。そこに関しては俺が嬉しいと思っているだけで誰も被害はないので誰かが声をあげない限りは同棲のようなものが続きそうだ。


 ちなみに余談だが、お義母さんとお義父さんのいざこざは無事に解決したらしい。金銭的な問題で解決したのか、凜が一括したのか、詳しい話は俺には教えてくれなかった。ただ噂として俺の父さんが多少なりともかかわっているところを見ると父さんと凜の二人で共謀をした可能性が一番高いような気がする。


「すみません、頼んでいたものできてますか?」

「おう、この通り完璧だよ。待たせてしまったお詫びにサービスもしといたから今後ともうちをよろしく頼んます」


 俺より少し年上の職人気質の男性がにこやかなスマイルとともに商品を渡してくる。この人はとある仕事の時に縁があり仲良くさせてもらっているので一つ頼んでみたのだ。

 その商品の出来栄えはいちいち見るまでもなく最高のもの。きっと喜んでくれるに違いない。


「父さんにも言っとくよ。ここは信用できる会社だって」

「彼女へのプレゼント、頑張って!!」


 軽い話をしてから店を出る。

 あの人がどうして俺が彼女もちであることを知っているのか。少し考えてやめた。どうせ父さんが自慢の娘ができた、などと言いふらして回っているに違いない。まったく、あのような性格だったならば俺ももう少しまともに生きていけたのかもしれないのになぁ。母さんも普通に話すタイプだったので俺は誰の遺伝子を引き継いだのだろう?


「あれ、珍しいな。星野が一人で買い物なんて」

「高市か。そっちこそ珍しいんじゃないか? いっつも前原と一緒にいるイメージなんだが」

「潤は今日やることがあるからってさ。こんなかわいい彼女を置いてでも優先するべきことがあるなんてね」

「......」

「冗談だからマジで引くなよ。んで、星野はここで何をしているの?」

「凜の誕生日プレゼントを買いにきてた。今から帰って渡すんだ」

「うわ、まさか忘れてた系か。そういえば確かに今日の凜は少し不機嫌だったな。あの原因は星野だったか」

「マジか、じゃあ今すぐ帰るわ」


 会話もそこそこに手を振って別れを告げる。俺は来た時の半分ぐらいの時間で帰宅する。別に悪さをしたわけではないのだが、何となく気が引けて玄関の扉をそっと開ける。

 すると、待っていたかのように凜が玄関で仁王立ちで君臨していた。


「おかえりなさい」

「......ただいま」


 完全に怒ってしまっているので俺はしゅんとうなだれて帰りのあいさつを返す。


「何してたの? 随分と遅かったけど」

「いや、本当の用事は数分で終わったんだけど、仕事の話とかが結構」


 とか、の部分には高市との会話も含まれている。


「ふぅん、どうせあおちゃんと話してたんでしょ? 彼女に渡すならどんなプレゼントがいいんだ? とか言ってさ」

「怒ってる?」

「ふん、別に怒ってないし。今の今まで私の誕生日を忘れてたからって怒ってないし」


 ふんす、と鼻を鳴らす凜に俺は吹き出しそうになってしまう。

 俺は凜の誕生日を忘れたことなどないし、プレゼントについて他人に聞くほど野暮でもない。現に俺はデートのプロデュースを一人で完璧にこなして見せたではないか。もう少しその辺を考慮してもいい気がしたが平常心でなければ難しいだろうな。


 俺は何も言わずにそっと受け取ってきた凜へのプレゼントを差し出した。


「な、何よ」

「お誕生日おめでとう、凜。俺と一緒にいてくれてありがとう」


 そこで俺はゆっくりと箱を開いた。すると中には指輪が入っていた。しかしそれはただの指輪ではない。それは指にはめる指輪ではないのだ。

 凜はいち早くそれに気づいたのか、俺の表情を窺うようにじっと見てくる。


「そういう言葉を言われるとどこかに行っちゃうのかと心配になる」

「どこにもいかないよ、俺はずっと凜のそばにいる。今日だってそれが届かないっていうから頑張って秘密にして取りに行ってきたのに」

「じゃあ......空くん一人で選んだの?」

「もちろん、友達ならいざ知らず、自分の彼女のプレゼントなら自分で選ばないとダメだろ?」


 俺は決め顔でそういった。後で恥ずかしがることなど完全に忘れていた。

 凜は顔を赤くさせて俺の手から飾る指輪を受け取り、小走りで自分の部屋へと向かった。もう確実にこの家の住人だろう。


 俺は何も答えがないので成功したと断定できずに困惑していたが、この後、凜の様子が見るからに上機嫌になっていたので俺のサプライズバースデイは成功したのだと確信した。

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