万能鍵
御角
万能鍵
賑やかな商店街、井戸端会議に勤しむ奥方達、道の真ん中を堂々と通るお侍、客を引こうと大声で張り合う商人ども。
そんな騒がしい町に似合わない男が一人、ふらつきながら道の端をずるずると歩いていた。
その身なりは貧しく、少しのお金とボロい東屋で何とか暮らしている状態であった。贅沢など夢のまた夢だった。
ふと、行き先を塞ぐ露店に目が止まる。骨董屋だろうか、少し古めかしい壺や本、時計などが所狭しと並べられている。
その中でも端の方にある、目立たない鈍色の小さな鍵に男は何故か親近感を覚えた。
「おや、あんたこれが気になるのかい?」
「えぇ、でも生憎今は持ち合わせがないんでい」
「なかなか売れんもんでね、安くしとくよ。20銭でどうだい?」
それは男の全財産に等しかった。男は諦めて踵を返そうとした。
「ちょいとお待ちよ、この鍵はそれだけの価値があるんだよ。何せこれさえあればどんな鍵でも開けられちまうんだからね」
「何だって婆さん、そりゃ本当かい?」
「本当だとも。ただし使えるのは一回ぽっきりだから証明しようがないけどね。そんなに疑うなら料金は後払いでいいよ」
そう言うと、老婆は掌ほどの鍵をそっと男に握らせた。男は半信半疑だったが、貧しさゆえに見られなかった夢が、例え夢でも見られることに幸福を感じたのも事実だった。
ただほど高い物はない。老婆に礼を言い、とりあえずその場を後にした。
もし、老婆の話が本当なら鍵を一体何に使うべきだろうか。男は考える。
金だ、やはり金のために使うのが良いだろう。そうなるとやはり、適当な家を見繕って……。いや、どうせならもっと金持ちを狙おう。玄関から堂々と入れば怪しまれないだろう。
男はこの町で一番の金持ちである地主の屋敷に目をつけた。その扉に鍵を使おうとし、ふと思い留まる。
金持ちならばそのお金をわざわざ屋敷内にそのまま置くだろうか。いや、きっと用心深い地主のことだ。金庫か何かに大切にしまってあるに違いない。細工で何とかなる扉よりも、鍵を使うならその金庫のほうだろう。
男は鍵を懐にしまい、扉を何とかこじ開けようとする。あともう少し、そう思った時だった。
「むむっ、何やつ!」
不審な動きが勘付かれたのか、男は瞬く間にお奉行に捕らえられてしまった。そこからは速かった。あっという間に牢屋にぶち込まれ、地主の怒りを買ったことで、数日後に処刑されることとなってしまった。
こんなことならあの老婆からこんな怪しい鍵を貰うんじゃなかった。男は激しく後悔した。嫌だ、死にたくない。ここから逃げ出したい。鉄格子を必死に揺らすが、固く閉ざされた檻に金属音が虚しく響くだけであった。
翌日、男は檻から消えた。
露店の老婆は銭の入った袋を弄びながら、その瓦版を眺め不敵に笑っていた。
万能鍵 御角 @3kad0
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