ワード・ガンについて

ひよひよひよひよ

本編

 この記事は記者として長年ワード・ガンを追ってきた著者がその作用と歴史を独断と偏見で簡単にまとめたものである。私情が多分に含まれているが、ご了承願いたい。


 ワード・ガン(別名:高指向性思考伝達器)とは音波を媒体にし、一定以上の高い解像度で使用者の思考を他者に伝達する機器全般のことである。形状はメガホンのようなものや、スピーカーのようなもの、あるいはゴマ粒ほどの大きさで首に貼り付けて使うものなどさまざまである。ワード・ガンを通して言葉を発すれば、その言葉に込められた思考がほとんど欠けることなく相手に届き、相手は否応なく言葉を発した瞬間の使用者と同じ気持ちになってしまう。

 ワード・ガンの主な特徴をいくつか挙げる。

・ワード・ガンによって相手を“使用者と同じ気持ち”にすることでその気持ちに基づいた行動をとらせることができる。有り体に言うと、使うことで相手を思い通りに動かすことができる。

・対象者。ワード・ガンは人間(身体改造者含む)だけでなく、人口知性体に対しても作用する。しかし、他の動物や人口知性体以外の自律機械には作用しない。

・発動条件。ワード・ガンから出た音波を対象者が音と認識することで発動する。そのため、ワード・ガンとその使用者、対象者の3つが物理的に(当然音波が届く範囲内で)近くにいなければ使用することができない。物理的に音波を遮断する、意識を完全に音波から外す等の方法でワード・ガンを防ぐことができる。

・短い効果時間。ワード・ガンは相手の思考を一時的に上書きしているに過ぎないため、数分で植え付けられた思考は押し流されてしまう。そのため、ワード・ガンで無茶なことを命じてもその場しのぎにしかならず、すぐにワード・ガンを使ったことが露見する。

・高い指向性。ワード・ガンは高い指向性を持っており、使用者が狙った対象に対してだけ、ワード・ガンは作用する。対象全員をはっきりと意識すれば、複数人に対して同時にワード・ガンを作用させることもできる。

・原理について。ワード・ガンの設計図は誰にでも閲覧することができるが、その原理は解明されていない。そのため一切の応用が利かない。不思議なことにワード・ガンの発明者ですらその原理を全く理解していなかった。多くの企業や国家が文章や画像データ等に応用しようと試みたがすべて失敗に終わった。

 次章からワード・ガンの歴史を大まかに解説する。


 ワード・ガンが太陽系で初めて発見されたのは288年、太陽系の片隅のコロニーDH59においてであるといわれている。(時を同じくして、ワード・ガンと同じ機能を持った機器が太陽系各地で報告されている。これを受け、ワード・ガンの自然発生説が誕生したが根拠と情報に乏しいため本記事では省略する。)

 DH59の電力会社で働いていたヒュジンク(当時40歳、男性)はとある休日、趣味である心理学と工作を面白い形で融合できないかと考えていた。考え始めて2時間、彼のいうところの「天才的なひらめき」によってヒュジンクはワード・ガンの着想を得た。1週間後、ヒュジンクはメガホン型ワード・ガンを見事に完成させ、それを自分の娘であるジフィール(当時13歳)へと13歳の誕生日プレゼントとして渡した。(ワード・ガンというぱっとしない名前はこのときヒュジンクによって咄嗟につけられたものである。)当時ジフィールは同じ学校に通う男子生徒に思いを寄せており、そのことについて度々話を聞いていたヒュジンクがこれ幸いと誕生日祝いに渡したのだ。このとき、ヒュジンクはワード・ガンの本当の力に気づいておらず、せいぜい声の通りがよくなる程度に考えていたため、娘の誕生日プレゼントとして渡したことの是非はともかく、このような扱いをしてしまったのも無理はないだろう。

 ワード・ガンを受け取ったジフィールは(ワード・ガンの効果からして当然だが)告白を成功させた。しかし、ジフィールはここで止まらなかった。ワード・ガンの恐ろしい能力に感づいていたジフィールはワード・ガンをうまく使えないかと考え始めたのだ。ジフィールには壮大な野望などはなかったが、手ごろな目標として実質的な学校の支配を目指し始めた。もちろんワード・ガンの力をもってすれば(ワード・ガンの存在を他の誰にも気づかれていないことも相まって)学校どころかDH59までもめちゃくちゃにすることができたのだが、彼女が目指したのは影の生徒会長的な立場だった。仲のいい友人から始まり、上級生、さらに職員数名まで計15人ほどをワード・ガンの力で支配下に置くことができたが、この段階でこれ以上は無理だと悟った。ワード・ガンの影響は永続的なものではなく、定期的にワード・ガンで話しかけないとふりだしに戻ってしまうからだ。もっともこの時ジフィールが自分の手下を使って行ったことと言えば、給食のデザートを奪ったり、課題の提出から逃れたり、気に入らない生徒に嫌がらせをしたりといった小さなことばかりであった。

 楽観的な彼女が状況を打破するために打った次なる一手は最悪なものであった。ヒュジンクにワード・ガンを使いワード・ガンをさらに数個作らせ、それを腹心とも呼べる手下たちに渡したのだ。ジフィールは手下たちが自分にワード・ガンを使わないと思い込んでいたし、万が一使った時のために色々な手を打っていたようだがすべて無駄に終わった。あっという間に彼女の手下は一人もいなくなり、彼女のワード・ガンは手下の一人に奪われてしまった。

 新しいワード・ガンの持ち主たちはジフィールほどワード・ガンの扱いがうまくなかったため、持ち主は何度も入れ替わった。そして、ある男のもとにたどり着いた。名前も年齢も知られていないこの男はある休日ヒュジンクの家を訪問し、ワード・ガンを使用することでワード・ガンの設計図を盗み出した。その設計図を基にワード・ガンを量産しDH59の市民に対し高値で販売を始めた。この男が販売したワード・ガンの数は100とも200ともいわれている。この時、DH59ではワード・ガンの存在が無視できないものとなっていた。

 ワード・ガンの噂はDH59内で囁かれ続け、人々の間に不信と不安からくる不穏な空気が流れていた。そんな中、DH59無差別恫喝事件が起こった。この事件は1人の学生が駅前でワード・ガンを使い無差別に恫喝をしたことから始まった。ワード・ガンの作用で学生の負の感情は拡散、増幅され町中に広がり、自殺者や精神病患者など間接的に多くの被害者を出した。推定200人の被害者を出したこの事件は盛んにニュースに取り上げられ、ワード・ガンの存在が太陽系全体に知れ渡ることとなった。

 DH59無差別恫喝事件の数日後、DH59内部から流出したと思われるワード・ガンの設計図がインターネットで取引され始めた。DH59は比較的孤立したコロニーであり、ワード・ガンの現物が他のコロニーや惑星でみられるようになるにはまだ早かったため、設計図は大いにもてはやされ、大手企業や国家が軒並み手に入れたという。設計図の販売者がDH59でワード・ガンの販売を始めた男と同一人物だという説もあるが真偽は不明である。

 ワード・ガンの原材料が非常に安価であるうえ、違法ではあるが公開から間もなく設計図を無料でダウンロードできるようになったため、ワード・ガンは一般的な太陽系市民が気軽に手に取れるものとなった。また、この頃からワード・ガンの改良が始まった。無駄な部分はそぎ落とされてゆき、最終的に数ミリ程度のものまで作成されるに至った。


 上で書いたように、ワード・ガンは法的に整備される前に広く普及してしまった。ワード・ガンに対する各国の対応は大きく3つに分類される。1つ目はワード・ガンを国家として合法なものとして認めるもの。これは身体改造者と人口知性体の割合が高い比較的新しい国で取られることの多い対応であった。2つ目はワード・ガンを完全に禁止するもの。これは1つ目とは逆に身体改造者と人口知性体の少ない国で多かった。このような傾向が見られたのは、身体改造者と人口知性体は音波以外の意思疎通手段(例えば文章による意思疎通)が音波によるものと遜色ない精度と速度を(理論上は)有していたため、仮に音波による意思疎通がワード・ガンによって信用できないものになるとしても、十分対応できるだろうと判断されたからである。3つ目はそのどちらでもない、どっちつかずの対応を取るものである。割合としてはこの3つ目のものがほとんどであった。DH59無差別恫喝事件以降ワード・ガンに関する大きな事件、事故が発生していなかったこともあり、ワード・ガンがどのようなものであるか完全に理解している国は多くなかったのだ。


 国としての対応とは関係なく、一般の非身体改造者の間でワード・ガンは広まり続けた。ワード・ガンの小型化で、会話相手がワード・ガンを持っているかもしれないという恐怖を抱くようになり、この恐怖感を紛らわせるために自らワード・ガンを手に入れるものが後を絶たなかったのだ。(かくいう著者もこの時ワード・ガンを入手した。もっとも、一度も使う機会はなかったが。)

 ワード・ガンを恐れる非身体改造者とは対照的に身体改造者と人口知性体はワード・ガンを新しいコミュニケーションの1形態として楽しみ始めた。それに伴い太陽系各地で(身体改造者は若干手惑いはしたものの)彼ら同士での主な意思疎通手段が音波によるものから光によるものへと移行していった。

 そんな中、月の裏側の都市アフゴーで身体改造者が非身体改造者との会議の席上でワード・ガンを用いたと報道され、大きな話題となった。実際は身体改造者がワード・ガンを装着していただけで発動はしなかったと後に明らかになったが、真実は捻じ曲げられるものである。この事件を口実に、非身体改造者は彼らとの取引や会議、個人的な話し合いまでも拒むようになった。自分たちが一方的に欺かれることを恐れたからである。結果として、今までも決して良好ではなかった身体改造者と非身体改造者の関係は心理的にも物理的にも完全に断ち切られてしまい、国家レベルでそれぞれが分離することとなった。それまで中立的な立場をとっていた人口知性体も身体改造者側につく他なかった。とはいえ、様々な産業とそれに必要な資源が複雑に入り組んだ現代社会においては既存の関係性を完全に断ち切ることなど不可能である。どれだけ関係が冷え切っても非身体改造者と身体改造者のやり取りは対面以外の形で行われ続けた。

 一部の読者は太陽系全体でワード・ガンを完全に禁止してしまえばこうはならなかったのではないかと思うかもしれないが、そうするにはどの時点でも手遅れだった。身体改造者と人口知性体からするとワード・ガンを用いたコミュニケーションは(相手は親しいものに限られるが)従来のコミュニケーションとは一線を画す”上等”なものであり、取り締まるという考えすら浮かばなかったようだ。一方、非身体改造者からするとワード・ガンは取り締まるには普及しすぎ、いざ取り締まってもワード・ガンを違法に持つものと持たざるものとの間で不平等感や不安が生まれてしまうことが予想されたのだ。


 このようにして太陽系に2つの文化圏が形成された。互いに干渉することのない奇妙なものだった。距離を置いたことでそれぞれの違いが顕在化され、2つの文化圏が互いに互いを理解できない存在だと思うようになり始めていた。


 均衡は長くは続かなかった。始まりはただの事故だった。ある日、身体改造者の乗る宇宙船が非身体改造者のコロニーに追突した。普段ならコロニーの自衛システムにより追突する前に撃ち落されるはずなのだが、この日はなぜかそれが発動しなかった。当たり所が悪かったせいで被害は甚大、コロニーは半壊し、多くの非身体改造者が死亡した。身体改造者側は事故と主張した(のちに本当に事故であったことが正式な場で証明されたが、その時にはもう遅かった)が非身体改造者側は当然それを信用しなかった。身体改造者が何を主張しても、非身体改造者はワード・ガンで欺いたのだと反論することができたのだ。この事故は多くのコロニー居住者を恐怖させた。ふとしたことで相手側がその気になればコロニーなど簡単に破壊することができるのだと。各コロニーは抑止力として宇宙間弾道ミサイルを配備するようになった。

 数か月の間核兵器によるにらみ合いがあったが、このにらみ合いも長くは続かなかった。最初のミサイルがどこから発射されたものなのか今となってはわからない。報復とそれに対する報復、そのまた報復…と数日間ミサイルが飛び交い、すぐに宇宙に沈黙が戻った。それは戦争と呼べるほどのものではなかった。著者は地球の核シェルターに入ることができたため命に別状はなかったが、地球以外の居住区にいた人類は全滅したと言われている。地球以外の居住区は電力や食料、水、空気等の問題で自立したシステムを構築できていなかったため、仮にミサイルが直撃しなかったとしても別の問題で全滅してしまうのだ。かくいう地球も数度のミサイルの直撃で電力の生産、供給が完全に途絶えたため、人口知性体と身体改造者は全滅した。非身体改造者は数世紀ぶりのサバイバル生活を強いられることとなり、日に日にその数を減らしてはいるが何とか生き延びている。地球上の別のシェルターにも生存者がいることが予想されるがいまだ確認は取れずにいる。


 最後にこの記事の動機を記す。

 先月、仲間が出産した。シェルターを出てから初めての子供である。幸い母子ともに健康であるが課題は多い。赤ん坊が安全に食べられるような食料の確保に想像以上に手間取っている。また、現在できるだけ放射線汚染の少ない地域で生活しているが、影響は皆無ではないだろう。赤ん坊の成長が心配だ。

 赤ん坊の成長を見守るうちに、これから生まれるであろう我々の子供たちに私が残せるものは何かないだろうかと考えるようになった。記者として長年生きてきた私に思い当たるものはワード・ガンしかなかった。そのため文章として私の知るワード・ガンを書き留めることにした。現在我々が確認できる範囲内の全てのワード・ガンは機能を停止している。人類がこのままワード・ガン以前に戻ることを期待したいが、太陽系全体にワード・ガンの残骸は残されているだろうし、ワード・ガンの自然発生説も(私は信じていないが)存在している。当時の私の調査不足のせいで重要なことを何一つ伝えることができなかったが、この記事がわずかでも我々の子供たちの助けになることを期待する。

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