とある店長の胸騒ぎ
かさごさか
同じ人間だとは思えない、と日に何度思うだろうか。
某県某所のスーパーに1人の男が来店した。スマホを片手に店内を見渡した後、台車を押す店員に話しかけた。
「すいません、忘れ物を取りに来たんですけど…」
「はい、少々お待ちください」
男の名は青崎と言った。先程、買い物した際にティッシュを
青崎が五個パックのティッシュを受け取り帰って行った旨を無線で聞いていた自分は再び事務作業へと意識を戻した。無線越しに青崎が何度も謝罪と感謝を繰り返していたのを聞き、随分と人の良い客だったなと思った。来店する人間が皆そうであれば良いのに、など永久に叶いもしない願いが脳内を横切っていった。
そんなことを考えてしまうほどに疲れていたせいか、事務作業は思っていたより進まず、自分は少し苛立っていた。感情が波立っていることを早々に認め、自覚することは平静を取り戻す近道である。
自分は椅子に座ったまま深呼吸をし、ノートパソコンを閉じるも胸のつかえは取れないままであった。何やら嫌な予感がするため、売り場に顔を出そうと席を立った。なんとなくであるが今日はもう事務作業に戻れない気がした。
刑事の勘ならぬ店長の勘である。こういうのは外れることがない。長年買い続けている宝くじは毎回外しているというのに。
売り場に一歩、踏み出した時、嫌な予感は確信へと変わった。無線が音を繋ぐ。
流れてきた会話は品切れ中の商品についてのモノだった。世界情勢的に原材料の確保が困難になっており、しばらく供給が不安定になると各メディアでも報じられていたため当店でも貼り紙を作って周知をするようにしていた。しかし、目と耳が付いていていても『見る』『聞く』が出来ない人間が一定数いることも事実だ。
対応していた店員からヘルプが飛んできたので足早に向かった。
結局、客は腑に落ちない様子でぼやきながらその場を後にした。小さな嵐が去ったところで自分は軽く肩を上下させた。今日はこれだけで済めば良かったが、嫌なことと言うのは何故か連続して起きてしまう。
チラシに載っている商品が置いていないから詐欺だと言われ(別メーカーの商品なので載って無くて当然である)、注文を受けていた商品が入荷したと連絡すれば別の店で買ったから不要になったと言われ。
売り場を歩き回って店内を一周し、裏に繋がるドアの前まで戻ってきたが自分はドアノブを掴む手を一瞬、止めた。それと同時に無線から悲痛なヘルプが飛んできた。
現場に駆けつけ店員から話を聞くと、どうやら置き引きをした、していないで客同士が揉めているようだった。被害者らしき女性は興奮しており、こちらが何を聞いても逆ギレしていた。そもそも置き引きの意味をわかっているのかも怪しかったが、それは別問題なので一旦保留にしておこう。側で眼鏡を掛けた青年が目線を落として拳を強く握りしめていた。
何を取られたかわからないが、置き引きをされたと喚く彼女に念のため、彼が犯人だと思った理由を聞く。
「そんなの勘よ!」
勘弁してくれ。
とある店長の胸騒ぎ かさごさか @kasago210
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます