二択を外さない男

藤浪保

二択を外さない男

 俺は二択を外さない。


 日常の些細ささいな選択ごときでは駄目だ。友人との賭けだとか、定期テストの回答だとか、そんなレベルでは発揮しない。


 だが、人生が掛かっているような時は、今まで一度も選択を間違えたことはない。


 例えば、大学入試では二択まで絞り込んだ複数の問題の解答をことごとく的中させたし、今の恋人に告白する時のレストランもフレンチではなくイタリアンが正解だった。


 暴走車にかれそうになった時に右に避けて命拾いしたし、海外でナイフを突きつけられて金を出せとおどされた時は従わずに逆ギレした事で難を逃れた。


 だから今回も絶対に外さない。


『もう時間がないわ。どっちにするか決めてちょうだい』


 ヘッドセットから聞こえてきたのは、チームメンバーの感情を押し殺した声。


 同じ声を聞いている対策本部の全員が、固唾かたずんでボスである俺を見ていた。


『あと一分を切ったわ。赤? 黒? どっちを切断すればいい?』


 現場は住宅地にある小学校。


 児童の避難は進めているが、爆薬の量からして確実に間に合わない。


 報告によれば、今回の爆弾は作りがかなり雑で、指紋などの痕跡が取れる可能性が高いとの事だった。


 爆発させなければ、これまで全くしっぽをつかませなかった連続爆弾魔の手がかりが明らかになる。


 赤か黒か。

 

 どちらのケーブルを切るのが正解なのか。


『あと十秒。九、八、七、決めないなら赤を切るわ、四、三――』


 俺は二択を外さない。


「黒だ」

『わかった』


 その声が聞こえて来た次の瞬間、ブツッと通信が途切れた。


「おいっ! どうしたっ!」


 遅れて、遠くからドンッと花火のような音がした。


 他のメンバーの報告を聞くまでもなく、爆弾が爆発したことは確実だった。


「ああ……」


 誰かの絶望のため息が漏れた。


 俺はヘッドセットをゆっくりと外した。


 震える口元を片手で覆い、うつむく。


 そして、ゆっくりと対策室から出た。


 誰も追っては来なかった。


 今回の失敗は、後悔してもしきれない。


 だが、起こってしまった事は仕方がない。


 反省し、次の機会にかすしかない。


 俺は顔を上げた。


 自然と口角も上がる。


「いやー、酒飲んで作るもんじゃないな。どっちのケーブルで起爆するか忘れるとは思わなかったぜ。危ない危ない。爆発してくれてよかったぁ。さすがは俺」

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二択を外さない男 藤浪保 @fujinami-tamotsu

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