第8話 小火騒ぎ・5

「そこを右……。ここです止まってください」


 バイクはアパートの前で止まった。

 俺と夕映ゆえの家があるアパートだ。


「忘れ物とやらとったらお前は学校に戻るのか?」

「ええ、そうですけど」

「ふーん。それじゃ……」


 青児せいじさんの言葉が止まった。


「おい」


 青児さんはアパートに入って行こうとする俺の肩を掴む。


「な、なんですか」


 振り返ると険しい顔をしている。


「あれ、お前の家か?」


 青児さんが指差す方向に俺の家の玄関がある。

 背筋が冷たくなった。

 そこに男たちが集まっている。街の黒服の集団ではない。

 どうみても柄の悪い男たちが何人か、俺の家の前にたむろっている。


「なっ……」


 男たちの中央が一瞬明るくなった。

 そして。

 炎が燃え上がる。

 なにを燃やしているのか、一人の男が液体をかけた。

 さらに火の激しさが増す。


「あいつらなにやって……!青児さん放してください!」

「あっちへ行くな。下手すると怪我だけじゃすまねえぞ」


 青児さんは冷たい目で低い声でそう言った。


「じゃあどうすれば……!」

「とりあえず消防車を呼べ。周りに人がいたら避難させてお前も早く逃げろ」

「そんな、青児さんはどうするんですか」


 青児さんは建物の中に駆けていこうとしている。


「中のやつらを逃がしてくる。心配しなくてもお前より頑丈だから大丈夫だ」

「でも……」

「早くしろ!」


 大声で言われて、その背を視線で追いかけながら俺は仕方なく消防署へ連絡した。

 建物の中から住人が出てくる。

 幸いというべきか、もう学校や仕事で家を出る頃合いの時間帯だった。

 普段から家にいる人は心配だがほとんどアパートに人は残っていないはずだ。

 煙から逃げるように何人かが一階に詰めかけ、外に出た。

 俺も、行かなければ。

 青児さんには止められたが、やはり放っておけない。

 そのとき。

 強い風がいきなり吹いて、止まった。

 思わず目をつぶってしまったその一瞬に何が起こったのか。

 気がつけば、俺の家の前から火が消えていた。


「青児さん!」


 俺は慌てて自分の家がある二階に駆けつける。

 着いてまた驚いた。

 青児さんの足元にさっき火をつけた連中たちが転がっていた。

 顔に傷がついたり血が流れていたりするところから見るとおそらく青児さんに殴られたのだろう。


「よお。来るなっていったのに」


 青児さんは平然とそう言った。

 俺は黙って立ち尽くすしかなかった。

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CHAIN GAME 錦木 @book2017

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