第7話 小火騒ぎ・4

〈智雪〉


 空が白んできた。

 ホテルから離れるべきかしばらく迷ったが、結局外に出てなるべく人の多い道を俺は歩く。

 人が多いからといって安全なわけではないが、路地裏を行って二の舞になるよりはマシだろうと思った。

 夕映ゆえに会って、話を聞きたい。

 話を聞いてほしい。

 足は自然と自宅があるマンションに向かっていた。

 まだ学校に行くには早い時間だ。早く起こすことになってしまうかもしれないが、今は非常事態だ。

 そんなことを言ってられない。

 歩いていてあることに気づいた。

 街の様子が物々しく、トゲトゲとしているというかやけに緊張している。

 その原因がなんなのかはすぐにわかった。 

 街角にパラパラと何かの集団がいる。

 揃って制服の様に黒スーツ姿で黒の靴という黒ずくめで腕章を付けている。

 最初は警察かと思ったが違う。

 自警団。

 目に入った腕章にはそう書いてあった。

 最近街が物騒だからか?

 そりゃそうだよな、殺し屋が歩いているくらいだし。

 内心そう思ってから待てよ、と思う。

 少なくとも一般人はそんなことは知らないはずだ。

 街の人をジロリと見ては巡回している。

 これじゃまるで。

 まるで監視されているみたいじゃないか。

 早朝から出社らしい会社員が話していた。


「なんですかね、あれ」

「自警団だって。なんでも新しい県議員の候補が立ち上げようと言ったんだとか」

「ああ、あのやけに若い。確か親も政治家じゃありませんでしたっけ」

「だからすぐに人が集まったんだろ。まあやりすぎちゃやりすぎな気もするが、不審火が多くて最近治安も悪いからな」


 火。

 それがこの街を不安にさせている。


「なんとかしないと……」


 不意に呟いて、なんとかってなんだ。と思った。

 俺は何の力も持たないただの高校生だ。

 いや、何かの力は持っているようだがそれの正体さえわからない。

 街の中を歩いていく。

 川辺に行き当たった。

 何人かがそこでザワザワと話をしている。

 なんだ?思わず俺は寄って行った。

 ハッとする。地面に焼け焦げた跡がある。

 非常線が敷かれ、あたりに黄色いテープがかかっていた。


「なんでもここで焼け死んだ人がいるらしいわよ」

「焼身自殺?こわ」

「なにか急に燃え上がったって」


 燃え上がる。

 ここもまさか……。


「君」


 そう言われて、最初自分のことだと気づかなかった。

 再度話しかけられて驚いて振り向く。


「君、そこで何をしているのかね」


 さっきの黒服の集団。

 社会人のような者もいるが、目の前にいる人は大学生くらい。自分と変わらない年頃にしか見えなかった。

 無表情だが、やけに目がすわっている。


「もしかして昨日の事件について何か知っているのか?」


 問いただすような口調。

 首を振った。


「別に……。ただ人が集まってるから何かと思って」


 そう言い訳する。背中に冷たい汗が流れた。


「そうか。それは失礼した」


 そう言って黒服は離れていった。  

 ほっとするが、何か落ち着かない。

 視線を感じる。おそるおそる、少しだけ振り向く。

 ひそひそと話しながら、全員がこちらを見ていた。

 息を飲んで、そっとその場を離れる。

 歩くがずっと後ろが気になる。

 カーブミラーを見ると、一人が後ろをついてきていた。

 尾行されている。

 ぞっとした。なぜ、俺は追われているんだ。

 誤魔化しかたが悪かったのか。

 それだって、ただの一般市民を。

 早足で歩くと向こうも早足で歩いてくる。

 角を曲がり、止まった。

 カーブミラー越しにきょろきょろとあたりを見回している男の姿が目に入る。

 うまくまけたか。

 子供の頃から住んでいる街だ。この辺りの地理は知り尽くしている。

 今のうちにできるだけ遠くへ、と思ったそのとき。


「貴様、止まれ」


 俺はぎくりと止まる。

 もう一人、男が立っていて戸惑った。

 なんてことはない。尾行はあらかじめ二人だったのだ。


「な、なんですか」

「怪しいな、お前」


 単刀直入にそう言われた。


「なぜ我々から逃げようとした」

「それはたまたまで……」


 逃げる。

 それは追っていたと白状したようなもので。

 それでも、何も言わせてもらえない。

 俺に発言権はないとでも言わんばかりに。


「来てもらおうか」


 二人が脇に立ち、両腕を掴んで連行しようとする。


「やめてください!離せ」


 これじゃまるで犯罪者だ、と思う。

 まずい。ここから逃げるにはどうしたら。

 超能力のことが頭にちらつく。

 ダメだ。あんなものを一般人に使えない。

 でも、どうしたら。


「おい」


 その時後ろから声がかかった。男たちといっしょに振り向く。

 柄の悪そうな男が立っていた。

 長めの髪を後ろに撫でつけてまとめて、ズボンには鎖がジャラジャラついている。

 ライダースジャケットがとても似合っている、古い言い方かもしれないが暴走族のボスのような雰囲気だった。

 切れ長の目を細めて、男は言う。


「そいつ、俺の知り合いなんだ。悪いが離してくれねえか」


 は?

 俺の思考は一瞬で固まった。

 俺にこんな知り合いはいない。


「それはできないな」

「そうか……」


 男は腰を下ろす。

 そして、いきなり俺の腹に拳で一撃を加えた。


「なっ……」


 一瞬で息がつまる。

 盛大にむせた。


「こいつは俺の後輩の仇でな。悪いがここで殴らせてもらっていいか?」

「やめろ。我々は彼に話を聞く必要が……」

「よせ」


 そう言って自警団の男の一人がもう一人の男を止めた。


「あまり余計なもめごとを起こすな」


 俺から手を離し、去っていく。

 な、なんなんだ。


「協力感謝する」


 殴ってきた男は低い声で言う。

 俺を掴んでいた男の一人は舌打ちをせんばかりに、男を睨みつけていた。

 気に食わないようだが、そのまま歩いていく。


「さーてと」


 男がバキバキと指を鳴らした。


「ま、待ってください!俺なんのことだかまだよくわからなくて……。な、なにかしたなら謝りますから」


 早口でそう言ったが、男は一つも表情を変えなかった。 鋭い目を細めてただ黙って俺を見下ろしている。

 拳を振り下ろした。

 俺はグッと歯を食いしばる。

 拳が当たる。

 だが、それほど衝撃はなかった。


「……しばらく、黙ってろ。声を上げるな」


 俺の腹に拳を当てたまま、息がかかるくらいの顔の側で男は言った。


「いいな?」


 囁く。

 俺はうなずくかわりに男の目を真正面から見てじっとしていた。

 俺を追ってきた男たちが去ると、柄が悪そうな男は立ち上がった。


「よし。もういいぞ」


 俺はふらふらとしながら立ち上がった。


「ありがとうございます……」

「別に礼はいらねえよ」

「なんで、助けてくれたんですか?」


 そう言ってからはっとする。

 変な言い方をしてしまったか。


「助けなくても自分で切り抜けられていたか?」

「いや……それは」

「じゃあ、それだ。助けてやらないと切り抜けられなさそうな雰囲気だったからだ」


 男はわずかに表情を緩めてそう言った。

 思ったより悪い人じゃないのかもしれない。

 人は見かけによらない、ともいうし。


「じゃ俺はこれで」

「ちょっと待て」


 立ち去ろうとすると肩を強く掴まれた。


「どこ行くんだ?」

「どこって……。家ですけど」

「こんな時間にか?学校はいいのかよ」


 自分が制服を着ていることを思い出した。


「忘れ物をしたので」


 とっさに嘘をつく。


「ふーん」


 男は半目で俺を見ていたが、うなずいた。


「じゃあ送ってやるよ。着いてきな」


 そう言って俺の肩を掴んだまま歩いていく。

 着いてきなというか思いっきり引きずられているんですけど。それにしても強い力だ。

 しばらく歩くと駐車場に着いた。

 大型のバイクに男は近づいていく。


「すげ……。このバイクあなたのですか」

「そうだ」


 ヘルメットを取り出すと、俺に投げた。


「ほらよ」


 かぶれ、ということなんだろう。

 俺はありがたく受け取る。

 男はバイクにまたがる。


「後ろに乗れよ」


 そう言って自分用のヘルメットを被る。

 俺は後ろに乗せてもらった。

 エンジンがかかる。


「しばらく来ねえ間にこの街もきな臭えことになっちまって」


 不機嫌そうな声で男は言った。


「ちゃんと顔を隠しとけよ。まだ黒服の連中がうろついているだろうから絡まれるのは嫌だろ」

「あの、本当にありがとうございます。あなたは……」


 男は首を振った。


「俺は苗島なえじま青児せいじ。あなたじゃねえ」

「ええっと、苗島さん」

「青児でいい」


 雰囲気でしかわからないが、少し笑ったようだ。


「青児さん」

「お前名前は?」

朝丘あさおか智雪ともゆきです」

「へえ、変わった名前だな。まあ俺も人のことを言えたものじゃないが」


 青児さんは地面を蹴った。


「掴まっていろよ」


 徐々に加速していく。

 黒服の連中がいそうな道にくると急速に曲がったり車の陰に隠れたりした。

 運転がうまい。


「家はどっちのほうだ?」

「駅の方へまっすぐです。北側に家のアパートがあります」

「わかった。そこに着いたら言ってくれ」

「わかりました」


 俺はうなずく。

 ちょうど、運転しながら走るバイクの上では舌を噛みそうだと思っていたところだ。

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