第六感で恋愛する人のはなし

銀色小鳩

第六感で恋愛する人のはなし

「ねぇ、なに座?」

 そう聞くと、相手は、たいてい、こう答える。

「いて座」

 私は普段、急に人の星座を聞いたりしない。そこを敢えて聞く。これには実にいくつかの関門を潜り抜けねばならない。

 一、私が相手に興味があること。星座を知りたいと思う程度には。二、聞いても引かなさそうに見える。三、ちゃんと答えてくれる。

 この三つの関門を潜り抜けて、「なに座」と聞いて、答えてくれる人間。それがなぜかいて座が多いのだ。なぜだ。

 そんなわけで、私はいて座の女と仲良くなった。

 いて座の女は、大学の帰り道を一緒にあるきながら、のびのびと言う。

「牡羊座といて座って、仲良くなれるんだって。男女なら恋愛、同性なら親友?」

「ふうん。じゃ、私たち、親友になれるかもね」

 この言葉は、合っていたともいえるし、間違っていたともいえる。

 恋愛なのかどうかはわからないが、ただの親友と、キスしたり、愛してると言い合ったり、部屋に呼ばれてあなたになら何されてもいい、なんて会話をするとは思えないからだ。つまり「男女なら恋愛、同性なら親友」という占いの言葉は、恋愛に男女の垣根がある人間にあてて書かれた説明にすぎなかったといえる。


 占いが好き、それもかなり好き、そういう人間同士の会話は、時に相手の気持ちを知るためにタロットカードを引いたり、星座の話をしたりといったことをしながら深まっていく。

「ねぇ、タロットやってて一番よく出るカードなに?」

 彼女が聞いてくるので、私は答える。

「月」

「へぇ。意外」

 なにが意外なのだろう。牡羊座らしく、皇帝とかが出そうなのか。戦車とか塔とかが出そうに見えるのか。赤い感じの、いけいけゴーゴーなカード、もしくは勢いのありそうなカードが出そうに見えるのか。私の内面を表す星座はうお座だったから、曖昧ななかでたゆたうような月のカードは、何かを占えばしょっちゅう出てきた。「月」のカードを星座に対応させると、うお座。わりと強い関連があるのだ。


 こういう、占いをしたり、わりと日常生活に第六感を使っていたりする人間同士というのは、他の人に説明すると引かれるようなことでもわりとすんなりわかってもらえる。

 たとえば、私は人との関係、とくに情愛を感じた相手との関係を計るのに、「目」や耳」をあまり使っていない。相手が笑っているから私のことが好きとか、「好き」だと言ってくれているから好かれているのだろうとか、そういう判断をしない。触感なのか、第六感なのか、皮膚感なのか、そういうもので計っている。

 相手との間に流れる空気、念のようなものを、皮膚で感じる、このセンサーが感じることが、私にとっての一番信頼できる「はかり」なのだ。

 これは遠くにいても、感じるセンサーである。

 遠距離恋愛の相手の念が毎日感じられていたのが、ある日をさかいに全く感じられなくなる――こういう時、メールは入ってきていても、相手の中で私は終わっているのだ。しばらくして、実際に恋愛が終わる。

 みぞおちがきゅうっと蝕まれたように痛くなるとき、好きな相手によそ見をされていたりする。そんなとき、私は嫉妬した猫のような顔文字をメールで送って相手の様子をうかがう。電話の時に問い詰めると「職場に好みの女のコが入ってきて」なんて、自白されたりする。私のセンサーは意外と感度がよいらしい。

 もし、こういう感覚をまったく持っていない人間と恋愛していたら、私は本当に適当でいいかげんな人間に見えるのだろう。

 彼女から電話がくる直前、私は頬に熱い空気を感じ、彼女を思い浮かべる。この念は誰のだろう、彼女だったらいいなと考える。頬のセンサーが感じる熱気に気をとられ、もう自分から電話しようか、と思ったあたりで、彼女から電話がくるのだ。

 私は言う。

「いまちょうど、あなたの事、考えてた」

「いまあなたに電話しようと思ってたところ」

 連絡しなかった言い訳でも、口説くためのセリフでもなんでもない。実際に、電話が来る前に、私は彼女を思い浮かべるのだ。

「人から電話来る前って、そういうことない?」

 聞くと、彼女は、答える。

「あー、あるよね。そういうこと」

 この、遠くはなれていても働く第六感。これは、ない人には、不思議で嘘くさく感じるものらしい。しかし、自分も持っている人は、わかってくれる。わかってくれる相手なら、「いまあなたの事を考えていた」、本当のことをいっても、私はチャラい人間にならずに済む。


 念は、気持ちのいいものとは限らない。

 ある友人が、精神的に依存したくて送ってきた念は、絡みつくような念で、大変キツかった。大切な友達であっても、キツかった。ほんのりと温かい念ではなく、絡みつき、絡めとり、要求してくるような念。離れれば感じなくなるなららいいものを、そういう念に限って遠く離れていても纏わりついてくる。


 そういえば、いて座の女と、夜のデートで、神社に行こう! と思いつき、いい気分で二人で歩いたことがある。神社が近づくにつれて、得体のしれない恐怖感が皮膚を爪の先で引っかきはじめる。どうしよう、と思った頃、彼女は言った。

「……ねぇ、やめない?」

「……だね。やめよう」

 そういう時、言葉で説明しあう必要はない。相手もまた、肌でなのか、何かを感じたからそう言ったのだ。お互いにわかるから、説明の必要がない。

 私は第六感の世界を否定する人間と、恋愛することができるんだろうか。深いつきあいはできないような気がする……それは日常の感覚を否定されるということだから。例えば、寒い、熱い、クーラーつけたい、そういう皮膚感覚を話したときに、「寒いとか熱いとか、あるの? うそつきー」と言われることを考えてみてほしい。


 皮膚の感覚で空気をただよう相手の情愛を感じ、執着も感じ、遠くにいる相手の心変わりを感じ、そしてその感覚の話を自然にしながら、相手とお付き合いをする。この話をきいて私を変人扱いする人間には、たぶん私の付き合う相手も変人に見えるだろう。


 これが女の勘なのかといわれると、そうでもない、と私は思う。

 実際私の夫は、私が「あーかわいい女のコといちゃいちゃしたいなー」と、浮気する気もなくぼーっと考えていただけなのに、真横でぱっちり目をさまして「浮気される夢を見た。浮気されたら、もたないからね?」とドマジな顔で言ってきたりする。こえーよ。浮気しねーよ。できねーよ……。想念だけでバレるのに、実行に移せねーよ、と私は身を引き締める。

 つまり、女の勘だとか男だから持ってないとか、そういうことではなく、勘が異様に鋭い人間というのが、たまにいるのだ。


 浮気性の方は、直感で恋愛する人間には、お気をつけください。彼ら、彼女らは、証拠をみていない。物的証拠から浮気を類推するんじゃないんですよ、想念を読んでる。寝ながら読んでる。そういうこわーい人間がいるんですよ。



 追記:この二日、カクヨムの更新をする気が全くしないほど、職場のトラブルでメンタルに来ています。夫は昨晩私の念を受けてしまったらしい。「なにこれ気持ち悪い……」と言いました。私の念に酔ったらしい? かわいそうなので、少し離れて寝ました……。

 第六感、恋愛に私も使ってきたし、昨夜も夫は第六感で私の何かを読みました。意外に日常にあふれている、というお話でした。


 さて、この話。実話とフィクション、どっちでしょう。

 答えあわせはしません。迷信ぶかいおかしな人間と思われるからね。

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