やっぱりお願い怖い - 終
「田渕先輩手伝ってください。お願いします!」
一週間後、二人きりの放課後の教室で俺は佐々木に泣きつかれていた。
一週間前、文通の件が解決した時に約束通り佐々木が立花を手伝うことになったはずだ。それにより、俺はもう無報酬で他人の手伝いをする必要がなくなるはずだったのに。
「どうしてこうなった…」
今回は心の声にとどまらず、ため息とともにその言葉が口に出てしまう。
「お願いしますよ! この件はこの前みたいな、田渕先輩の洞察力が必要なんです!」
やはり佐々木は強かで、中々諦めない。だが、俺は佐々木のお願いなど聞いてやれない。それに、あの時俺があれを思いついたのは、端的に言えばたまたまだ。
「単に運の問題だ。君にはそもそも必要な情報が無かったし、立花と俺はどちらが思いついてもおかしくなかった」
実際、学年の五十音順とカード番号を崩すことが、ある二年生に起こっていた。
それは、親の再婚による、苗字の変更である。
あのとき俺は、立花が『最近、母親が再婚したが、新しい父との距離感がうまくつかめない』という相談を受けていたことを思い出したのだ。
一人の生徒の苗字が入学後に変われば、その生徒のカード番号はそのままに、五十音順での位置は変化する。その結果、一部の生徒は転入生のときと同様に、番号の対応関係が一つ前か後ろにずれることになる。
立花にその生徒の旧姓を教えてもらい、数えなおした結果、対象の人物を特定することができた。そこで俺は帰ったので、その後どうなったかは知らない。
だが、要するに俺と立花はその話を知っていたから思いついたし、佐々木と半間は知らなかったから思いつかなかったそれだけだ。
そういったことを懇切丁寧に説明したが、やはり佐々木は中々折れない。
「でも、四ノ原から話を聞いたんですけど、御守りの話も、最終的に見つけ出したのは、田渕先輩なんですよね? それは運ではないですよね?」
なるほど。俺が御守りの件に関わっているのをなぜ知っているのかは不思議だったが、あの一年のマネージャーから話を聞いていたのか。だが、あれこそ運だ。
しかし、ここで運だ運だと言っても、佐々木は納得しなさそうな様子である。
ならもういっそのこと、上っ面の謙遜は捨てて本当のことを言ってしまおう。
「佐々木。お前が言うように、俺には洞察力があるのかもしれない。だが、そんなことは関係なく、俺はそもそも他人の手伝いなんかやりたくないんだよ」
君付けをやめ、少し威圧的な物言いで俺はそう言った。上級生がはっきりやりたくないと言っているのだ。印象は最悪だが諦めざるを得ないだろう。
しかし、佐々木は全くひるむ様子はない。
「分かりました。僕からのお願いはではダメみたいなので、立花先輩を呼びます」
そう言って、佐々木はスマホを操作し始める。いやいや、ちょっと待て。こいつは俺の秘密を知っているのか? 俺は威圧的な感じを崩さず探りを入れる。
「別に立花から言われても変わらんぞ。逆に、なんで立花からならイケると思われてるのかが謎だ」
それに対し、佐々木は、当たり前のことを言うかの如く、こう答えた。
「だって、田渕先輩、立花先輩のこと好きなんですよね」
「はああ?」
意味が分からん。御守りといい、文通といい、佐々木といい、高校生と言うのは恋愛脳ばっかりなのか。唖然としている俺をよそに、佐々木は言葉を繰り返す。
「田渕先輩が立花先輩の手伝いしてたのって、好きだからですよね?」
「いや、全く」
と、俺は即座に否定するが、ふと、この先の会話を予想して最悪の気分になった。
「じゃあ、なんで立花先輩の手伝いとか頼み聞いてあげてたんですか?」
予想通りの質問が来て、さらに最悪の気分になる。おかしな表現だが。
ここで、真の理由を明かすのは論外だ。適当な理由付けをすることもできるが、この先も佐々木が付きまとってくる可能性は大いにあり、その時また俺が立花の頼みを断れない光景を見ることもあるだろう。そうなると、適当についた嘘もバレるリスクが高い。
そして、俺の心情という要素を度外視すれば、立花を好いているという解釈は、真の理由を隠すという面ではとても都合が良いのだ。
長考の末、俺が出した結論は、
「…それは、言えない」
であった。どれも言えるか。馬鹿野郎。
待った割にしょうもない答えで、佐々木からブーブー文句が出る。後輩のくせに。
そのとき、勢いよく教室の扉が開いた。
「何よ。呼ばれて来てみれば、なんか二人で盛り上がってるじゃん」
と言って、立花が入ってくる。その姿を見て、佐々木が待ってましたとばかりに立花に歩み寄り、何やらこそこそと話し始めた。
「おい」
何を話してるんだ。まさか、さっきの話をしてるんじゃないだろうな。
二人が話し終えて、こちらに近づいてくる。
「こんなに後輩が頼んでるのに、田渕君が手伝ってくれないんだって?」
「そうなんですよ。なんで、立花先輩からもお願いしてもらえませんか」
わざとらしい微笑みを浮かべながら目の前で繰り広げられる小芝居に少しイラつきながらも、話は『お願いしたい』ということだけのようで、内心ほっとしていた。
「そうだね。元々は私から佐々木君に頼んだことでもあるしね」
そこで、立花は一度言葉を区切り、一歩、俺の方に歩み寄る。
恐らく、位置的に、佐々木にはその時の立花の表情は見えなかっただろう。
俺だけが、いつもの人の良い立花の微笑みが、あの日の人の悪い笑みへと変わったのを見ていた。その笑みを浮かべながら、立花はこう口にした。
「お願い、手伝ってくれない?」
その瞬間、俺は、なんだかこいつには、一生勝てない気がした。
お願い怖い 和歌山亮 @theta
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