メモ無しでは会えない (2)

 翌日、授業と授業の間の休み時間、俺は後ろの席の壇之浦に声を掛けられた。

「田渕、なんか一年生がお前に用あるって」

 壇之浦が指さした教室の扉の方に目をやると、佐々木が廊下に立っているのが見える。

「え? おう。りょうかい」

 俺は、疑問を抱えながらも佐々木が待つ教室の外に向かった。

「田渕先輩、昨日の件なんですが、ちょっと問題が起きました」

 俺が廊下に出ると、佐々木は開口一番そう言った。

「何?」

 俺は簡単に事情を聞こうとしたが、教室の時計をちらと見るともう次の授業の時間だ。

「今日の放課後、また新聞部に来ていただけませんか? お願いします」

 それだけ言い残して、佐々木は急ぎ足で去っていった。いや、俺は手伝うとは一言も言ってないし俺は女の子のお願いでないと、とこれはもういい。

実際、立花の手伝いを確実にやってもらうために佐々木には借りを作っておいた方いいのだが、そもそも今日も今日とてその立花に何かをやらされる可能性も高いのである。

 身の振り方を考えつつ席まで戻ると、椅子の座面に付箋が貼ってあるのに気づく。

『行ってもいいよ P.S. 話せるクラスメイトいたんだね』

 付箋にはそう書かれていた。余計なお世話である。


 その日の放課後、俺は再び新聞部部室を訪れた。扉を開けると、手前の来客用の空間に佐々木がこちら側を向いて座っていた。しかし、今日は、佐々木の他にも男子生徒と女子生徒が一人ずつ、こちらに背を向けて座っている。

「あ、田渕先輩来てくれたんですね」

 佐々木が俺に気づいて立ち上がる。それに答える前に、女子生徒の方が振り返って

「遅いよ。田渕君」

と言った。俺はその人物の顔を見て驚いた。

「立花、お前ここで何やってんだ」

 俺の反応を見て立花が満足げに笑っている。しかし、その後、待てども立花からの説明が一向に行われない。そこで、代わりに目線を佐々木に移すと、

「それでは、まずは僕の方から状況を説明します」

と、期待通り佐々木が説明役を請け負ってくれた。

 ひとまず俺が佐々木の隣の椅子に座ると、初めに、今までの俺らのやり取りを無表情で見ていた男子生徒の方を佐々木から紹介される。

「この人は一年E組の半間君です。あのメモを受け取るはずだった相手です」

 紹介されて半間は軽く会釈する。おお君が、とリアクションを取りたいところではあったが、まずは佐々木から説明を聞きたかったので、

「俺は二年の田渕だ」

とだけ言って、俺の方も簡単に自己紹介を済ませる。どうやら、俺と半間だけが初対面だったらしい。俺たちのやり取りが終わったことを確認すると、佐々木は話し始めた。

「では、まず、昨日、田渕先輩と別れた後からお話ししますね。

 あの後、田渕先輩の助言から文通相手の片方が半間君だと分かり、僕は誰かから半間君の話を聞けないかと思って、半間君が所属する一年E組に向かいました」

 それはまた確率の低い、と思った。一年間以上、放課後の教室に居残って本を読んでいた俺の経験からすれば、放課後の教室に人が残っていることなんてほぼ無い。

「すると、その日はたまたま半間君本人が教室に居残っていました。その時一緒にいたのが立花先輩です」

「え」

 俺の口から驚きの声が漏れる。それは、本人が残っていた偶然と予期せず立花が登場したこと、両方に対しての驚きである。佐々木が目配せをして、続きを立花が引き取る。

「えっと、私は半間君のお姉さんから弟の相談事に乗って欲しいって言われてたから、その日、半間君と会って話を聞いてたの」

 そう言われて思い出す。確かに立花の依頼の中にそんなのがあった。

「その時に、図書室の本を通して文通してる相手からの連絡が急に全然帰ってこなくなったから、本人に直接会って話がしたいって言われたの」

 自身の秘密をばらされているのだが半間からは特に反応もない。事前に話が付いているのかもしれない。対照的に、俺はこの話の着地点が見えず、つい口を挟んでしまう。

「なら、カード番号からの特定方法を、半間君に伝えれば解決じゃないのか?」

「僕もこの話を聞いた時はそう思ったんですけど…」

 そう言って、佐々木が続きを話そうとしたとき、半間が初めて口を開いた。

「俺も、カード番号からの特定する方法には気づいていました。二年生の姉から学年のクラス分けの資料を見せてもらって、もうすでに一度会いに行っているんです。でも、その人はあの人じゃなかったんです」

 発言の意味を理解できず困惑する俺に対し、代わって立花が説明を引き継いだ。

「つまりね、半間君も佐々木君と同じ方法で相手の人を特定して会いに行ったんだけど、反応からしてその人は反応相手じゃなかったみたいなの。ちなみに、半間君が会いに行ったのは、知らない下級生から話しかけられたって私に相談してくれてた二年生」

 ようやく俺は状況を理解できた。なんだか、面倒くさいことになっているようだ。

「なるほど。それは、特定方法が全然間違ってるとか数え間違いとかではなく?」

 俺は確認の意味も込めて、前提が間違っていたり、単純な勘違いでないかを聞く。

「僕のカード番号と半間君のカード番号、立花先輩のカード番号の三つはそれぞれ片方から片方の人物を特定することができました。また、僕の番号や立花先輩の番号から数えても半間君が会いに行った人が目的の人物の番号と一致することも確認しています」

 俺の質問に対し、用意していたかのように佐々木がすぐさまそう答える。その返しから、この三人が手詰まりになっているのだろうということも何となく把握できた。

だが、一応まだ大事なことを聞いていない。

「…状況は分かった。それで、なんで俺は呼ばれたんだ」

 そう言いながら、何となく分かってはいた。結局前回と同じパターンだ。

「田渕先輩は、こういうことを考えるのが得意と聞いています。

 どうか、手伝ってもらえないでしょうか」

 まず、当事者である半間が頭を下げる。誰がそんなことを、俺が言う前に、

「僕からも、お願いします。この前みたいに力を貸してください」

と、この話を記事にしたい佐々木が続いた。そして、最後に

「田渕君。後輩二人がこう言ってるんだしさ。私からもお願い」

と、立花が手を合わせながら頼む。後輩二人が、などと白々しい。

 俺には選択権はなかった。


 俺は、早期解決のため話を整理する。

「考えられる可能性は二つある」

 そう言って二つの指を立てる。

「まず一つは、特定方法には何ら問題なく、対象の人物が使っているカードは間違いなく半間君が会いに行った二年生、まあ仮にBさんとして、そのBさんのものだが、称しているのはBさんでない場合だ」

 恐らく半間と立花には、なぜAさんでないのか、が謎だろうがそこはどうでもいい。

 この説は、何らかの方法で他人の貸出カードを利用しているということだ。一見ありそうな案が出たことに対し、立花が、なるほど。と声を上げた。この反応で、立花が図書室で本を借りたことがないということがバレる。佐々木からすぐさま反論がとぶ。

「田渕先輩。その可能性は低いと思います」

 それに俺と半田もうなずいた。俺は制度を知らなそうな誰かのために、

「本に記録されるのはカードの番号だけだが、図書室で本を借りるときはカードとともに本人確認のために学生証の提示が必要だ。学生証は本人の写真もついているから、他人に成りすますのは難しいだろう」

と、丁寧に解説し、そのまま残りの可能性に言及する。

「しかし、これは対象の人物が間違いなく本人のカードを使っているということだ。つまり、特定方法の方に欠陥があるということを意味しているが…」

 先ほど佐々木は、複数の例で『五十音順で番号が割り振られる』という法則が正しいことを確認したと言っていた。実際、俺が一年生の頃にこの規則に気づいたときも、仲の良い何人かにカードの番号を見せてもらったが、全て規則通りだった気がする。

 他の面々も似たようなところで詰まっているようで、沈黙が続く。

 もっとずっと最初の段階から考えてみよう。まず、貸出カードはいつ貰うか? 一年生の入学時だ。つまり、入学時に学年全員のカード番号は確定している。そして、現在も多くの番号がそうであるように、この状態では全員の番号が五十音順になっているはずだ。

 つまり、そうであるならば、入学後に法則を乱すような何かが起こったということだ。

 そこまで考えた時、立花がぽつりとつぶやいた。

「転校生のカードの番号ってどうなるのかな?」

 その言葉を聞いて頭の中にその状況がよぎる。直後、俺は立花の呟きに答えていた。

「…あり得るな」

 答えになっていない答えを返した俺に自然と他の三人の注目が集まる。

 俺は自分の考えをまとめるためにも、今しがた思いついた可能性を口に出した。

「カードが配られるのは入学時で、その時にはカード番号は恐らく五十音順になっているのだろう。この時点では、学年の五十音順とカード番号は対応している。だが、転校生が来た場合は恐らくこれが崩れる」

 ここまでの説明を聞いて、佐々木は理解したようである。

「どんな苗字かに関わらず、転校生には新入生と同じようにその時点の最後の番号の次の番号、つまり、五十音順では最後尾のさらに後ろの番号が与えられる。けど、実際の五十音順では転校生はこの位置に来ないから、カード番号と五十音順の対応が崩れる」

 佐々木の説明で立花と半間も理解したようだ。だが、立花の反応は芳しくない。

「でも、ウチの学年に転校生なんていないよ?」

 俺も転校生の話などてんで聞かない。しかし、これは一例だ。

「別に、転校生でなくてもいいんだ。現在の学年内の五十音順とカード番号の対応関係を乱す何かであれば、転入生でも退学者でも留年生でも飛び級生でも何でもいい」

 留年生や飛び級生なら前の番号や後ろの番号が割って入ってくるわけだから順番は崩れるし、退学者が出たら、そこから後の番号は対応関係が一つずつずれる。まあ、さすがに飛び級生はいないと思うが。

 だが、飛び級以外も同じのようであった。

「うーん。どれも聞かないなあ」

 顔の広い立花が訊いたことがないなら、いない可能性は高い。

「いい案だと思ったんですけど」

と、佐々木が俺に慰めの言葉をかけ、半間が

「また考え直しか」

と言ってため息をついた。四人の間で、白紙に戻ったという空気が醸し出される。いや、ここまで考えたことは本当に無駄なのだろうか? 俺には全てが無駄とは思えなかった。

「皆さん。とりあえず、人海戦術で聞き込みします?」

 もう考えても仕方がないと判断したのか、佐々木からそう提案される。

 人海戦術大いに結構。だが、俺が人海に入っているのは納得しかねる。なぜ当然のごとく手伝う流れになっているんだ。俺が頭に残っていた思考も忘れて文句を垂れようとすると、その前に、意外にも立花からお断りがあった。

「ごめんなさい。ちょっと明日以降は他の約束があって手伝えないんだ」

 なるほど。最近の立花の忙しさを考えれば不思議はない。と、同時にこうも考える。これは、また俺に押し付けられるパターンじゃないのか。

 そう思ったら別の怒りがわいてくる。大体、他の約束ってなんだ? あれか? 昨日言ってたあの重いやつか? うん? いや、ちょっと待て。

「それだよ!」

「え? 何?」「何ですか?」「どうしたんですか?」

 急に大声を出した俺に対して、他の三人が驚きと困惑の表情を浮かべた。

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