第五章 記憶、仇、禁忌を紡ごう(2)

   ***


「ズバリ聞く、お前は何者なんだ?」

「私は禁書の生きた書庫……そうだな。禁書少女とでも自称しようか?」

 アンネはスカートの裾を摘まんだ。そのまま、優雅な礼を披露する。

 そして、彼女は微笑んで続けた。

「私はそういう存在だ。そう、思ってくれて構わないよ」

 今は昼休みだ。

 ベネとディレイの一緒に昼食を摂ろうという誘いを振り切り、レンはアンネを連れ出していた。場所は鍵のかかる空き部屋だ。中に先客がいないかの確認は、既に済ませてある。

 そうして、二人は語り始めたのだが──アンネの言葉に、レンは首をひねった。

「すまん。まるで意味がわからん」

「要するに、私は禁書を集め、保管をする『ためだけの』存在なのさ。生涯をかけて、それを為すことが目的の一族に生まれついている」

 さらりと、アンネは語った。彼女の言葉に、レンは衝撃を覚える。

 禁書は、文字通り『禁じられた書物』だ。発見次第、持ち主は処刑される。そのはずだ。

 まさか、それを集める一族がいるとは思いもしない。

 己の髪を弄りながら、アンネは滑らかに語った。

「保管の傍ら、我々は禁書研究も進めていてね。アレは呪いの塊だが、それぞれの法則さえ読み解ければ扱うことはそう難しくはない。まあ、衣装を変える必要があるほどに膨大な魔力は使用するけどね。私が禁書を扱えること自体はこの通り単に先人の研究の成果だ」

 謎でもなんでもないとも、と、アンネは腕を広げた。レンは考える。

「それじゃあ、別の……もっと根本的なことを問いたい」

「なんなりと」

「何故、お前の一族は……アンネは、禁書を集めているんだ?」

 その問いかけを、レンは緊張と共に吐き出した。

 何せ、禁書を収集する目的など、彼にはロクなものが思いつかない。だが、アンネは何故か優しい顔をした。紅の目を柔らかく細めて、彼女は囁く。

「安心してくれていい。私は禁書をただ集めるだけの存在だ。やむをえず使用することもあるけれどもね。私はどちらかと言えば正義の味方だ。信じて欲しい」

「街、ひとつ滅ぼせるような力を何冊も手にしているのに、か」

「禁書の中にも、弱いものはあるよ。だが、そうだな」

 アンネは考え込んだ。そして、彼女は爆発属性の魔術にも似た衝撃を落とした。

「私の持つ禁書だけでも、力を一斉解放すれば世界の三分の一くらいは壊せるだろうね。もっとも、一斉解放できるような術師はいないだろうけれども」

 ためらいなく、アンネは口にした。それはあまりにも危険な事実だ。

 計るように、レンは彼女を睨んだ。アンネは微笑みを返す。再び、彼女はスカートの裾を摘まんだ。膝を曲げ、アンネは上品な礼をして囁く。

「ほら、だから、私自身は人でなしだが、正義の味方だ。悲劇を防ぐためだけに、私は禁書を自身に集めているのさ。そこを疑って欲しくはないね」

「証明はできるのか?」

「私が禁書で、この『無限図書館』を滅ぼしていないことが現時点では一番の証明かな?」

 アンネの言葉に、レンは頷いた。彼女の隠された本棚には、黒い書籍が多数並べられていた。あれらが全て禁書ならば、中にはそれだけの力を誇る本があってもおかしくはない。

 アンネはその力の大半を使うことを自身に禁じているようだ。

 少なくとも、現時点では。

 目を閉じ、レンは考える。彼には己というものがない。だが、今はそれに頼るしかなかった。熟考の末に、彼は勘を信じることとした。

「わかった。お前が悪意を持って、禁書を集めていないことは認める」

 レンはそう告げた。深刻な害意は、アンネからは感じられない。彼はそれに賭けることにした。にんまりと、アンネは嬉しそうに唇を歪めた。両手を組んで、彼女は頷く。

「うんうん、わかってもらえて嬉しいよ、少年」

「『少年』呼びは止めろ」

「嫌だよ、君には似合うからね」

「意味がわからん。それともうひとつ聞きたいことがある」

「何かな?」

 アンネは小首を傾げた。

 すうっと、レンは息を吸い込む。低い声で、彼は尋ねた。

「俺の仇をぶっ殺すとはどういう意味だ?」

「そのままの意味だけれども?」

 当然のごとく、アンネは物騒なことを告げた。反対側に、彼女は首を傾げる。

 制服の袖口を揺らしながら、アンネは腕を広げた。

「何せ、禁書をあんな風に使った危険人物だ。禁書の被害を防ぐ者としては生かしてはおけない。被害者にして、唯一の生存者の少年もそう思うだろ?」

 唯一の生存者。

 その言葉に、レンは視界がぐらりと揺れるのを覚えた。

 故郷が滅ぼされた時のことを、彼は何も覚えていない。それでも、やはり吐き気は込みあげた。それは彼の根幹に関わる出来事だ。そう、そこでユグロ・レンという存在は……。

(落ち着け、深くは考えるな)

 必死に、レンは唾を呑み込んだ。なんとか、息を整える。

 数秒迷った末に、彼は昨夜から考えていたことをアンネに告げた。

「却下だ。俺は仇の死を望んではいない……正確にはまだ望める段階にはない」

「そうなのかい。意外だな」

「ただ、俺は仇に会いたいと思う」

 強い意志を込めて、レンは言った。アンネは口元を歪める。軽い口調で、彼女は尋ねた。

「何故だい? 会って、楽しくお喋りでもするのかな?」

「そんなようなもんだ。俺はそいつが何故、街を滅ぼしたのか、何が目的だったかを聞きたい……殺すも生かすもそれからだ」

 最後は低く、レンは呟いた。人を憎悪で殺す。それほどの強い意志と感情を、彼は持てない。だが、実際に話してみればその時は答えが出るだろう。そう、レンは確信していた。

 白銀の髪を揺らして、アンネは頷く。彼女はレンに問いかけた。

「君がそれを望むのならば対処は捕縛に変えよう、少年。どちらにしろ……君は仇を捕まえるまでは、私に協力してくれる。それでいいね?」

「ああ。いいだろう」

 レンは応えた。だが、彼は疑問をつけ加える。

「でも、なんで。お前は俺の力を望むんだ?」

「君の仇はあの災厄を起こした後、一時捕縛された。だが、何事もなかったかのように、この学園に在籍している。つまり……」

 アンネの言葉に、レンはまさかと目を見開いた。信じられない思いで、彼は呟く。

「その存在を把握し、手引きした教師がいる……そういうことか?」

「そう。しかも相手は権力者だ。つまりは、大魔法使いだろう。そいつは禁書の存在を知っている。そして、『何か』目的をもって、禁書利用者を側に置いている。いつか、私とは戦いになるかもしれない」

 アンネは不吉な予想を落とした。

 戦いになった時、勝てるのかとレンは思う。だが、相手が仇を側に置いている以上、アンネを守り、勝たなくてはならないのだろう。あまりにも予想外の話に彼は眩暈を覚える。

 目を閉じ、開き、アンネは続けた。

「そうでなくとも、禁書を集めていく過程での対人戦は避けられない。強い相棒が必要だ……また、私は禁書の使用ができない状況下ではほとんど無力でね。いきなり狙われた時に、代わりに相手をしてくれる人間も必要なんだよ」

 深く、レンは眉根を寄せた。あー、と声に出しながら、彼は自身の髪を掻く。

 やがて、レンは嫌そうな声で言った。

「それって、俺にかなり危険な役割を求めてないか?」

「だから言ったろ? 私は人でなしだって」

 悪びれもせずにアンネは応える。レンは頭を抱えた。だが、彼に断る選択肢はない。

 仇のことを耳にした瞬間から、この話を蹴る気はレンの中から失われていた。学園を相手取る必要性をちらつかせられてすら、そうなのだ。彼のないはずの記憶が叫ぶのだった。

 真実を知りたいと。

 何故あんな悲劇があったのか、教えてくれと。

 砂漠で水を求めるような衝動は止める術がない。

 それを読んでいるかのように、アンネは続けた。

「君は断らないだろうがね。そもそも、断らせないよ」

「なんだって?」

「もう君は逃げるのならば知るべきでないところまで足を踏み入れた。君が覗いているのは禁断の領域。世界の裏側だ。まだ、そこまでの覚悟はないようだから告げておこうか?」

 まっすぐにアンネはレンを見つめた。そのまま、彼女は歩み寄ってくる。

 アンネはレンの顎に指をかけた。口づけをするかのように、彼女は囁く。


「少年、共に禁忌を紡ごうか」


 この扉を開いた者は、二度と出ることなど叶わない。

 そう囁いて、アンネは再びとびきり美しく微笑んだ。


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試し読みは以上です。


続きは2022年4月1日(金)発売

『魔導書学園の禁書少女 少年、共に禁忌を紡ごうか』

でお楽しみください!


※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。

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