直感は全てを解決する

御角

直感は全てを解決する

「君、一昨日も昨日も予習してなかったよね?」

 先生がぎろりとこちらを睨みつける。

「なのに今日もしてないっていうのは授業をなめているとしか思えないんだけどねぇ……。宿題も全然提出出来てないし」

 忙しかった、とか疲れていた、とかそういう言い訳を聞いてもらえるような雰囲気ではない。俺は思わずため息をついてしまった。

 それが先生の逆鱗に触れたらしい。ただでさえ長かった説教が更に延長されてしまった。

 夕陽がゆっくりと沈む中、俺はただ、生返事で謝ることしか出来なかった。


 この高校に補欠合格で入った俺は元々頭のいい方ではなかった。その上、スパルタな教育方針のせいで勉強嫌いがますます悪化し、厳しい学校にも、うるさい教師にもうんざりしていた。

 まだ1年目なのにこの調子で大丈夫なのだろうか。その不安が膨れれば膨れるほど、家に帰る足取りは重くなった。気分を晴らすためにも少し遠回りし、いつもと違う道を通る。

「ちょいと、そこのお主」

 急に声をかけられたので初めは分からなかったが、白髪と長い髭が特徴的な、まるで仙人のような怪しげな老人がこちらに向かって手招きをしていた。新手の不審者だろうか?

「これはあくまでわしの勘じゃが……お主、勉強が嫌いじゃな?」

 その唐突な物言いに思わず訝しげな顔をしてしまう。一体この人は何が言いたいのだろうか。

「わしも実はそうだったんじゃ……。じゃがな、今からわしが言う通りにすれば勉強なんぞしなくてもいい大学に行っていい仕事にもつけるぞ」

 怪しい。いくら何でも怪しすぎる。だが、将来が不安なのも事実。話を聞いてみるだけなら、損はないのかもしれない。

「それで、その方法って?」

「おお、興味があるか。何、簡単なことじゃよ。勘じゃ、直感を鍛えるんじゃ」

「直感?」

「第六感とも言うがな。例えばテストの選択肢、それが百発百中で当たるとしたら勉強しなくても良い点が取れる。今のワシぐらい鍛え上げればヤマも張れる。どうじゃ?」

「どうっていわれても……。そもそもどうやって鍛えるのさ」

 俺が少し不貞腐れたように言うと、老人は一冊のノートを懐から取り出した。

「ワシにはもう必要ないものじゃ。お主にやる。詳しくはこれに書いとる。じゃあな」

 ノートをこちらに押しつけると、老人は瞬く間に去っていった。こんな古びたノートで本当に直感が鍛えられるものか。俺は内心、馬鹿にしていた。

 試しに少し読んでみる。ふと、背筋に悪寒が走った。咄嗟に振り向くと自転車が猛スピードで突っ込んできた。間一髪でかわすことが出来たが、もし振り向かなかったら……。このノート、試す価値はあるかもしれない。


 その日から、俺の人生は一変した。定期テストで赤点を取ることも無くなった。特に選択問題は敵なしとなった。ヤマを張るのはまだ厳しいが、この調子ならセンター試験くらいはお茶の子さいさいだろう。

 実際マーク模試ではほぼ満点という快挙も成し遂げた。わざわざ学校に行くことも無くなった。勉強に関するもの全てを視界から排除した。寧ろセンター試験の日が楽しみですらあった。

 直感がこんなにも役に立つとは夢にも思わなかった。きっとヤマを張れるようになれば、大学でも何とかなる。今の俺は将来への希望に満ち溢れていた。上手くいきすぎて怖いくらいだった。


 そして現在、高校3年の2月。俺は自分の選択を激しく後悔している。もしあの時、老人に会ったあの時に戻れるなら、俺はノートを破り捨てていることだろう。


 もっと早く気がつくべきだった。ヤマが張れるまで直感を鍛えるのに相当な時間がかかることに。ちゃんとコツコツ勉強していればここまで悲惨な結果にならなかったことに。


 センター試験が今年から大学入試共通テストとして生まれ変わり、マーク式で無くなったことに……。


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