金曜日の視線
御角
金曜日の視線
コツ……コツ……コツ……
一寸先も見えない程の闇に、自分の足音だけがこだまする。金曜日はいつも帰るのが深夜になってしまう。バイト終わりでクタクタの体を引きずりながら、私はふかふかの布団に思いを馳せていた。
ふと、どこかから視線を感じる。またか、と私は歩くスピードを早める。いつもこの時間に帰宅すると必ず感じる視線。最初は気のせいだと思っていたが、一向に収まる気配がない。
心配になり数日前、大学の友達に相談した。警察に行くことも考えたが、友達によると実害がない以上相手にされない場合が多いようだ。落胆する私に、友達はこう続けた。
「逆に考えれば、実害が出れば動けるんだよね。まぁ俺に任せておいてよ」
その言葉の意味はよく分からなかったが、何か考えがあるらしい。友達は大学でもトップクラスの成績で人当たりもよい、優秀という言葉を体現したような男だった。友達になったのも向こうが声をかけてくれたからだ。たまには頼ってみるのもいいかもしれない。
「じゃあ、お願いしちゃおうかな」
彼は私のお願いに、了解と言わんばかりの鋭い敬礼で答えた。その様子が可笑しくて、つい思い出し笑いをしてしまう。ストーカーのことを一瞬忘れるくらいには、私の心は彼に救われていた。
あと少しで家に着くというところで、私は家の前に人だかりが出来ていることに気がついた。誰かが警察と揉めているようだった。
「あなた、もしかしてこの家のお姉さん?」
警官の一人がこちらに気がつき、近づいてきた。
「君の彼氏さんっていう人から通報があってね、来てみたらちょうどこの男がドアを開けようとしてたから今事情聴取してたんだけど……確認だけどこいつは君の彼氏ではないよね?」
警官はヒステリックに喚く男を指差す。恐る恐る顔を見ると、なんとバイト先の先輩だった。といっても同じシフトというだけで会話という会話すらしたこともない。顔の血の気が一気に引く感覚に抗えず、思わずその場にへたり込んでしまった。
「はい、違います。この人は私のストーカーです」
声が震え、上手く喋ることが出来なかったが警官にはきちんと伝わったようだった。
「嘘だ、俺はストーカーじゃない!」
警官に取り押さえられたストーカーがパトカーへと連れられていく。その表情は、私への愛と憎悪で酷く歪んでいるようにも見えた。力の入らない足を必死に動かし、私は家の中へ避難した。もう大丈夫、もう安心だ。
私は友達に感謝を伝えようと電話をかけることにした。まず何を話すべきだろう。
「通報してくれてありがとう」
とか、
「彼氏はちょっと盛りすぎ?」
とか、伝えたいことが多すぎて思考がまとまらない。あれ、そういえばどうして彼は通報できたのだろう? 確か、私の住所は教えていないはずなのに……。
電話のコール音が、部屋の奥からこだました。
「俺はただあいつから君を守りたいだけで……君のためを思ってやったのに、なのにどうして分かってくれないんだよ!!」
「はいはい、話は署で聞くからね」
男の最後の叫びは玄関の扉によって虚しく掻き消された。
電話のコール音が止み、束の間の静寂が訪れる。
「おかえり」
携帯越しに、はっきりと、彼の声が聞こえたような気がした。
金曜日の視線 御角 @3kad0
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます