とある冒険者ギルドの飯テロリスト

えりまし圭多

第1話 とある冒険者ギルドの飯テロリスト

 昼下がりの冒険者ギルド、それは冒険者達が依頼に出払い、受付ロビーは閑散としている時間帯だ。

 そんなのんびりとした空気が流れるこの時間でも、冒険者ギルドの職員の仕事はある。


 ここはとある町の冒険者ギルド、俺はその職員。

 受付を訪れる冒険者が殆どいないこの時間も、受付カウンターで仕事に追われている。

 冒険者ギルドの職員は忙しいのだ。


 最近、町の近くに新しいダンジョンが見つかり、それが目的の冒険者が増えた。

 ギルド職員は増えていない為、一人あたりの業務が増えて、とても忙しい。

 せめて、冒険者が少ない時間に昼飯を食いに行きたいのだが、役所からの連絡待ちで席が外せない。

 昼頃までに連絡をくれるって言ったよね!? もうとっくに昼は過ぎてるんだけど!?

 あまり遅くなると、冒険者達が帰って来て依頼の完了報告で混み合う時間になるなら、早く連絡くれないかな!?

 遅くなると昼飯食いそびれる事になるんだけど!?

 腹減ったな。


 役所から連絡を待ちながら、明日以後の依頼の確認や、溜まっている書類の処理をしていると、受付カウンターに赤い髪の毛が印象的な冒険者がやって来た。

 スラリと背の高く、細身だが筋肉質で、いかにも冒険者といった風貌の男。

 最近見かけるようになった冒険者で、新しく発見されたダンジョンを探索する為、遠方から来たと言っていた。


 優秀な冒険者で、姿を見かけるようになって以来、毎日多くの依頼をこなしてくれている。

 そのこなす依頼の数が多い上に、纏めて報告に来るので、彼がやって来ると、依頼完了の処理に暫く手を取られる事になる。

 まぁ、今は他に冒険者が少ない時間だし、役所からの連絡待ちで受付から動けないし、ある意味いい時間に来てくれた。

 いつも依頼完了報告を纏めて持ってくる彼は、だいたい人の少ないこの時間にやってくる。おそらく、忙しい時間は避けてくれているのだろう。

 なかなか、気の利く若者である。報酬に少しだけ色を付けてやろう。


「では依頼の完了処理と報酬の準備をするから、ロビーで待っていてくれ。魔物の解体作業や素材の買い取りがあるなら、先にそっちに行っていても構わないぞ」

 魔物の討伐証明の部位や、採取依頼を出していた素材を受け取りながら彼に告げる。

 彼は大容量のマジックバッグ持ちで、大量の物資を運べる彼は採取系の依頼のエキスパート。依頼品以外にも多くの素材をギルドに持ち込んで来る優良冒険者だ。

 いつもは依頼完了の手続きをしている間、魔物の解体場や素材の買い取りカウンターに行っている彼だが、今日は少し違った。

「いやー、今日は昼飯がまだなんで、手続きを待ちの間、ロビーで飯を食ってます」


 冒険者ギルドのロビーには、冒険者達が休憩できるように椅子と一緒にテーブルが設置されている場所もあり、そこで簡単に食事を済ませる冒険者も多い。

 ギルド内にある売店には、ロビーで手軽に食べられる軽食を売っている。

「わかった。では報酬の準備ができたら声をかけるよ」

「お願いしまっす」

 非常にハキハキした好青年である。

 昼飯、いいな。俺も腹が減った。 




 彼が報告して来た依頼の完了処理をしながら、報酬を計算していると、ロビーの方から焼けたチーズの香ばしい香りがしてきた。

 くっそ! 腹の減る匂いだな!? てか、誰だそんな美味そうな匂いをさせているのは!?

 匂いの漂ってきたロビーの方を見ると、先ほどの赤毛君が受付から近い場所の席で、グラタン皿の中の料理をフォークで掬っているのが見えた。


 売店にグラタンなんて、売ってないよな!?

 あの、やたらいろんな物が出てくるマジックバッグから出したのか!?

 マジックバッグの中に料理を入れない事はないが、そんな出来たての料理なんか入れてんのか!?

 羨ましいな、おい!!


 彼がグラタン皿の中身をフォークで掬うと、チーズがビヨーンと伸びるのが見えた。

 匂いだけではなく視覚でも攻めてくる。

 何を食っているのか気になって、思わず遠目にこっそりと鑑定をしてしまった。

 冒険者ギルド職員たる者、鑑定スキルくらいは持っているのだ。


『ローパーとコカトリスのチーズグラタン』


 鑑定の結果はそう見えた。

 コカトリスはまだわかるが、ローパーかよ!!

 いや、食用可能なローパーもいるけどさ、アイツら見た目めっちゃグロいじゃん?

 よく、それを食べる気になったな!?

 材料を知らなければ、見た目と匂いは最高に美味そうだ。


 ローパーとは、イソギンチャクを大きくしたような魔物で、うじゃうじゃと大量の触手を胴体から生やしており、非常にグロテスクな見た目だ。

 その触手で獲物を捕獲し、その体液を啜る為、触手は内部が空洞の管状になっている。

 小型のローパーの細い触手は、短く切って塩ゆでにして食用にする地域もあると聞いた事はあるが、実際に食ってる人を見たのは初めてだな。

 ローパーって美味いのか!? いや、見ているだけなら美味そうだな!?

 聞いた話では、ローパーの触手はモチモチした歯ごたえらしいが……見ているだけなら、くっそ美味そうだな!!

 畜生!! 腹が減った!! 役所からの連絡はまだ来ねぇ!!


「あ、いたいた。何、こんな所で飯食ってるの?」

 赤毛君しかいないギルドのロビーに、間延びした男の声が響く。

 その声の方を見ると、チーズの匂いをまき散らしながらグラタンを食っている赤毛君の所に、魔法使い風の銀髪男がブーツの踵をコツコツと鳴らしながら歩いて行っているのが見えた。

 彼らは確か同じパーティーだったな。


「ん? ほうほふまひへのあふぃだにめふぃ?」

 食いながら話すな、食いながら。

「うわ、汚っ! 口に物を入れたまま喋らないでよ」

 話しかけたのはお前の方ではないかと思ったが、銀髪君の言う通りである。

 口に食べ物を入れたまま喋るな。


 それにしても腹が減ったな。

 あまりに美味そうな匂いを出すので、ついチラチラと赤毛君の方を見ていた為、赤毛君の向かい側の席に座った銀髪君と目が合ってしまった。


 フッ。


 今、鼻で笑わなかったかっ!?

「あー、俺もお腹空いたな。何かガッツリした物ない?」

 て、てめぇ!!

「パスタでいい?」

「うん、野菜が少ないやつね」

 銀髪君が言うと、赤毛君のマジックバッグからスッと、皿に盛られたパスタが出てきた。

 マジックバッグの中に、出来たての料理を皿に盛って突っ込んでるのかよ。

 出来たてを維持できるとか、そんな物突っ込める余裕あるとか、羨ましいほど高性能のマジックバッグだな!? 

 くそ、俺も昼飯食いてぇ!!


 おい、そこの銀髪!! 自慢げにこっちを見るんじゃねぇ!! 素行評価にマイナス棒付けるぞ!!

 くそぉ、そのパスタもニンニクと胡椒のいい匂いするな。

 今度は一体何なんだっ!?


『バハムートのオイル漬けとクラーケンとキノコの贅沢パスタ』


 は? バハムート?

 バハムートってアレだよな? 海に棲んでいるSランクの巨大魚。

 頭が雄牛で、胴体が長細い魚みたいな。

 ここは内陸部だから海産物とあまり縁がないが、どっかの島国ではバハムートを食用にしてるんだっけ?

 えぇと、俺の記憶だと塩漬けにして数ヶ月かけて発酵させた後、オイル漬けにするんだっけ?

 この国ではかなりの高級食材のはずだが!?


 クラーケンも海の魔物だな。こっちは、ちょいちょい見かける食材だが、この辺りでは新鮮な物は手に入りにくい。

 そういえば、彼らはダンジョン目当てで、よその国から来たって言ってたっけ?

 パスタの上に輪切りにされたクラーケンが載っているのが見える。

 その上には刻んだパセリが散らされ、パスタの隙間にはキノコと赤い唐辛子のような物が見える。

 良い物食ってるな!?

 くそぉ……、席が近いうえに、無駄に目がいいせいで見えちまった。

 俺も海のある国に行きてぇ……いや、今は海よりも昼飯を食いにいきてぇ。


「これって青身の魚だよね? 全然、生臭さがないし、魚の塩味とニンニクの風味がオイルと一緒にパスタに絡まってて、パスタだけ口に入れても一緒に魚を食べてるみたい。唐辛子の辛さが丁度いいアクセントで、脂っこいはずなのに全然気にならないし、むしろその脂が食欲を刺激するよね」

 おい、こっちに聞こえるように実況すんな。腹が減る。

 銀髪のお前、絶対わざとやってるだろう!?

 てめぇはもう許さねぇ! 貴様は素行評価に、マイナスを付けてやる。

 フハハハハハハハッ!! これぞ職権!! これが権力というやつだ!!


 というか、赤毛君の手続きさっさと終わらせて、この飯テロリストどもには、速やかにお帰りいただこう。

 俺だけではなく、今仕事をしている職員全員の精神衛生によろしくない。

 あー、昼飯はグラタンかパスタかなぁ。いつになったら、昼飯を食いに行けるのかなぁ。





「じゃあ、これ今回の報酬ね。いつも助かるよ」

 依頼完了の手続きが終わったので、赤毛の冒険者をカンウターに呼んで報酬を支払う。

「ん? 報酬多くないっすか?」

 受け取った報酬を数えて、赤毛君が首を捻る。

 ほとんどの冒険者は、報酬が多かった場合、気づかないふりをしてそのまま行くんだけどな。

「よく働いてくれているから、少しボーナスを付けておいた。いつも助かっている、ありがとう。これからもよろしくたのむ」

 放浪の冒険者なら、そのうちどこかに行ってしまう日が来ると思われるが、それでもしっかり働いてくれている冒険者を労う事を忘れてはいけない。


「マジっすか!? あ、じゃあコレお礼の差し入れです。皆さんでどうぞ」

 俺の親指サイズの揚げ物が山盛りにされた皿を、マジックバッグから取り出してカウンターに置いた。

 それも出来たてそのまま、マジックバッグに入れていたのか!?

 そのバッグ、何でも出てくるな!!

 カリカリに素揚げにされた細い筒状の何かから、揚げたての非常に香ばしい香りがする。

 それに赤毛君が小さな白いピックを、手早く何本も刺していく。

 手が汚れない為の気遣いもできる好青年である。


『フライドローパー』


 鑑定してみたら、ローパーかよ!!!

 いや、しかし、匂いと見た目はめちゃくちゃ食欲を刺激する。

 ピックの方は“ドラゴンゾンピック”って見えるけど、このピックはドラゴンゾンビの骨か!? オシャレなのか物騒なのかわからないな!?


「それで、これの上に削ったチーズをかけると最高みたいな」

 そう言って、赤毛君はマジックバッグから堅そうなチーズの塊とおろし金を出して、カウンターでチーズを削り始めた。

 ホント、食べ物が色々と出てくるマジックバッグだな!?


 って、何やってんだコイツは!?

 冒険者には癖の強い奴が多い為、今まで色々な変人を目にしてきたが、ギルドのカウンターでチーズを削り始めるパターンは初めてだぞ!?

 あ、くそ!! 揚げたてのフライドローパーの熱で、チーズが熱せられて香りが漂い始めたぞ!!


 うわ、カウンターにいる職員が皆、手を止めてこちらを見ている。仕事しろよ!!

 ロビーに他の冒険者がいなくて良かったな!? いたら一悶着起こって、仕事が増えていたかもしれない。

 いや、ギルド職員の仕事は止まってしまっているな!?

 多少の事では動じないように訓練された冒険者ギルドの職員の業務を、意図も簡単に停止させてしまうとは、何なんだこの男。


 ペシッ!!


「痛っ!」

「ギルドのカウンターで何やってんの!?」

 赤毛君の後ろからツカツカと歩いて来た銀髪男が、手際よくチーズを削る赤毛君の頭をはたいた。

「フライドローパーにはやっぱチーズかなって? もしかしてトマトソース派だった?」

「そうじゃなくて、何でこんな所でチーズを削ってんのかって言ってんだよ。ほら、ギルドの人の仕事に邪魔になるから帰るよ」

「え? あ? そうだな!? お邪魔しました!! 皿は次回来た時で!!」

「お、おう。ありがたく頂くよ」

 赤毛君は銀髪男に襟をつかまれ、手にチーズとおろし金を持ったまま、引きずられるように、ギルドのロビーから退場して行った。

 何だったんだ、アレは?


 職員としては、あまりこういう物を貰うのは本当ダメなのだが、空腹が我慢の限界だし、赤毛君は皿を置いてさっさと行ってしまったし、これは仕方ない。

 食べ物を無駄にしてはいけない。

 しかもこれは一口サイズでピックが刺してあり、カウンターの奥の方でこっそりと食べられるな。

 なかなか気の利く好青年ではないか。


 丁度ロビーには人がいないし、こっそりと奥で食べるか。

 俺と赤毛君のやりとりを見ていた、他の職員も集まって来た。

 やめろ! これは俺が貰った物だ!!

 え? 皆さんでどうぞって言っていたって? 知らんがな、そんな事はもう忘れた。

 ローパーというのは気になるが、とりあえず食べてみよう。

 鑑定結果を見る限り毒などなさそうだし、何より美味そう。


 ふむ、ローパーの触手を短く切って、何かしから下味を付けた後に油で揚げた物か。

 カッリカリの食感に塩味、上に振りかけられた削りチーズ。ほんのりとスパイシーな風味がある。

 あ、これ止まらなくなるやつだ。

 そして、少しスパイシーな塩味にチーズという組み合わせは、飲み物が……いや、酒が欲しくなる。

 ワイン、いやエールをグイッといったら、間違いなく気持ち良くなれる。

 酒じゃなくても、飲み物と交互に延々といけるやつだ。

 あんの野郎、勤務中に何て物を置いて行きやがったんだ。まさに飯テロリスト。


 ん? 他の職員も集まって来た。

 ピックが何本も刺してあるので、皆、ピックでフライドローパーを食べ始めた。

 んあ!? そんな勢いよく食べたら、俺のが減る!! これは俺が貰ったのだ!!


「役所からの連絡が来ましたよー」

 同僚が俺を呼ぶ声がした。

 くっそ、このタイミングで役所からの連絡が来たか。

 いいか! 絶対に全部食うなよ!? 俺のも残しておけよ!!


 フライドローパーの皿を気にしつつ、対応へと向かう。

 ローパーの触手、案外美味かったな。

 美味い物を少しだけ腹に入れたせいで、更に空腹感が増す。この後、漸く昼飯に行けそうだ。今なら皿に山盛りのロック鳥の唐揚げも、ペロリといけてしまいそうな気分だ。

 いや、昼飯はやっぱグラタンかパスタだな。


 なーんて事を思いながら一仕事終え戻ってくると……ない!!

 机の上に置いておいた皿が空になっている!!

「んなっ!? 全部食べたのか!?」

「気がついたらなくなっていたわ……恐ろしい料理ね」

 同僚の女性職員がシレッとした表情で言った。

「く……、くそが」

 確かに彼女の言うように、飲み物と交互に延々と食べていたいと思ってしまう、恐ろしい料理だった。

 俺は少ししか食べられなかったけどな!!


 少しだけ食べて口の中にほんのりと残っている、フライドローパーの余韻を名残惜しみながら、俺は昼飯に向かう事にした。


 腹は減っているが、何か食ったらこの余韻が消えてしまうのが惜しい。

 しかし、もはや空腹は限界である。

 名残惜しいが、飯を食わないという選択肢はない。


 この日、俺は飯テロリストの恐ろしさを実感した。




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