おまけ 析易とミオ

 高い山の頂上。

 深緑の山に、薄紅の花が明るい色をつける。乳白色の雲がかかっていた。

 首に紅玉をかけ、胡琴こきんを弾く析易せきえき。ひざをかかえたミオと並んで座り、山にかかる雲をながめていた。


「ミオ、きみに話さなければならないことがある」

「どうしたんだい? あらたまって」

「わたしは仙人などではない。ましてや人ではない。みにくい化け物なのだよ」


 析易は胡琴をかかえたまま、袖をまくって腕を見せた。剥き出しになる、ぼこぼことした硬い緑色の皮膚ひふ


「わたしはきみをだましていた。だがわたしのことを理解し、受けいれてくれたのはきみだけだった。わたしはきみがほしいと思っている。いやだろう。こんな化け物は」


 声がふるえた。ミオは析易によりかかる。


「いやじゃない。あたしはあんたとずっといるよ」


 析易はミオの肩に腕をまわした。

 首の紅玉こうぎょくがかすかに光った。




 目覚めると、胡琴こきんをかかえた析易は、あれはてた寺のどうにいた。いたるところがくずれ、かけ、よごれている。天井から垂れさがるちぎれた布が、風でゆれた。

 首の紅玉が、血のような紅い光を放っていた。

 すべては、心の中のまぼろし。

 析易は胡琴をだき、うずくまって泣いていた。

 この胡琴は、ミオが残していったものだ。


「ミオ、ミオ」


 いつのまにか、彼の姿は若い人間の青年から、巨大な緑色の生き物に変貌へんぼうした。



 

 夜の村の宿場しゅくばで、ミオはあたらしく調達した胡琴を弾いていた。

 無事に析易の殿でんからぬけだし、山からおりたミオとユンは、二人で各地を旅し、芸をしながら生計をたてていた。

 部屋にユンが入る。


「ミオ、明日の芸の準備はどうだ?……おい、泣いてるのか?」


 ミオは目元をぬぐった。


「ユンの兄貴、大丈夫だよ」

「あいつのことを後悔してるのか?」

「ううん。ただ、あの人がひとりぼっちでさみしくないかと思ってね」

「そうだな。少しかわいそうだな」

「うん」


 ミオはそれ以上なにも言わず、胡琴を弾くことに集中した。

 早く彼のことを忘れられるように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

蜥蜴(とかげ) Meg @MegMiki34

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ