最終話 永訣
はてが見えないほど長い
「はあ、はあ、いや」
『なにか』に追われていた。
薄暗く冷たい空間を、姿の見えない黒い影のようなものたちが
怖くて走るが、行くあてなどない。
黒い影はどんどんミオに近づいた。
ミオは胡琴を抱きしめた。心臓がとまりそうだ。
影のむこうの壁のほうに、真っ黒な巨大な
あれは
ミオは思いきって
中は暗く、ようすはよく見えなかったが、影はいないような感じがする。
ミオは安心して胡琴を放り、目をつむってその場に寝ころがった。
あの傷ついた人たちや、ユンは大丈夫だろうか。どうして今までユンのことや、一座のみんなのことを忘れていたのだろう。
ぽつりと、冷たい
上半身を起こし、目をこらして天井を見上げる。高い高い天井には、『なにか』の
白くて細い、いびつな
ミオは凍りついた。
あれは、人の足じゃないのか?
「
座りこんだまま動けないミオの前に、やさしい笑みを浮かべた析易が立っていた。
「あの人たち、
影が二人のまわりをとりかこむ。析易は笑顔のまま、天井を見あげた。
「あの者たちはわたしを理解しなかった。みな
「だからって、殺すことはないじゃないか。そうだ、下の人たちは助けてくれたの?」
「あやつらの中にわたしを理解せず裏切る者がいれば、わたしの心と
「見殺しにしたっていうの? あたしのことは助けてくれたじゃないか」
「ミオはほかとはちがう。きみだけはわたしを理解してくれた」
析易は首の
「御簾に入ったことも今回だけはゆるそう。さあ、二人だけですごした
紅玉の、血のような輝きが次第に強くなった。ミオは首を左右にふる。
「悪いけどあたしにはわかんない。あたしは自分がよごれないためなら、なんでもしていいだなんて思わない」
析易から笑顔が消え失せた。顔をゆがませる。
「ミオ、なぜだ」
「あんたは化け物だ。善人の
「ちがう! ミオ、石竜殿を思うんだ。わたしを独りにするな!」
必死に言われても、気持ちは変わらなかった。
「ミオ!」
析易がさけぶと同時に、空間すべてが
目がくらむ。まぶたをとじる寸前、床に放られたミオの
「兄貴。ユンの兄貴。起きておくれよ」
ミオは血の池に半分顔をしずめ、死んだように倒れているユンの体を必死にゆらした。ユンは口や鼻に入った血をはきだし、目をさました。
「……うっ、げえ。ん、ミオ? なんでここに。あの
「蜥蜴か。蜥蜴でもよかったのに……」
「あ? なんだって?」
「ううん、なんでもない。それよりも早いとこ出口を探して逃げよう。外にいた人たちも心配だしさ」
「あ、ああ」
ミオはユンの腕をつかみ、わき目もふらず血の池を駆けだした。
どこからか胡琴の音がきこえた。かなしむような、おしむような、さみしげな音色がミオをよぶようにひびいても、足がとまることはない。
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