第六感が役に立たないラブコメ
宮下愚弟
エスパーなんだけど後輩女子が絡んで来る理由が分からない
俺はこれからフラれる。目の前の彼女に。
ディナーの会話には花が咲いているが、それでもフラれる。
今後の予定なんかを話しているが、それでもフラれる。
理由は分からない。それでも。
俺はこれからフラれる──
──フラれた。
店を出るか出ないかってころに、綺麗に別れ話が始まって、すんなり終わった。
やはり理由は分からなかった。
なのにどうしてフラれるか分かったかって?
それは俺がエスパーだからだ。
第六感って言うのかな。解かっちゃうんだ、どうなるか。
小さいころからそうだった。
もちろん第六感は当たった。
ちゃんと
良いときはズギャギャ。
悪いときはビビビ。
だから、今日もビビビって感じがして、自分がフラれることも解ってしまった。
そんなこと解ったってしょうもないのにな。
「……帰るか」
解るだけじゃ意味がない。解るだけじゃ、何の役にも立たない。
解るだけじゃ──
* * *
──ズギャギャとビビビが同時に来た。
大学の食堂で『白シャツカレーうどんチャレンジ』をしていた俺はショックを受け
た。
なんだこれは。
ズギャギャとビビビ? 良くて、悪いこと?
こんなの初めてだ。
当たるタイミングと失くすタイミングが違うからだ。
驚いている間にもズギャギャとビビビが合わさったなにかは近づいてくる。
なんだ? いったい何が。
「せーんぱいっ!」
後ろから声がしてビクッとする。
白シャツにカレーうどんの汁が跳ねた。
誰だよ、と振り返ると、サークルの後輩女子がいた。
「
「あれ? せんぱいなんか落ち込んでません?」
「ビビビはこれだったか、と」
「ビビビ?」
花森は小首をかしげる。
髪の毛がさらりと揺れた。
「なんでもない。それで、何の用だ?」
「? 別に用事はないっすー」
「ないっすー、ってオマエ……」
「なんすか、せっかく可愛い後輩が話しかけてやったのに」
花森は流れるように俺の前に座る。
なにか食べるのかと思いきや、なにかを取り出すわけでもない。
なにしに来たんだ?
「あれれー? せんぱぁい」
「なんだ?」
「へへへ、ずいぶん前衛的なシャツ着てますね」
「カレー味だ、いいだろ。ってオイ」
「ううむ、これは詫びをしなっくちゃあ、ですねえ」
花森はにやにやと笑う。
なにを企んでやがる。
「映画でも奢りますよ! 週末にあるんす、応援上映」
「応援上映?」
「そっす、インド映画っす」
「応援ってなにするんだ?」
「紙吹雪散らしたり、火薬銃撃ったりします!」
「治安の落差すげーなオイ」
しかしインド映画の応援上映?
踊るやつだろ?
踊るやつを応援するってなんか変な感じだ。
「頼みますよお、友達の予定が合わなくてチケット余っちゃったんです」
「お詫びどころか穴埋め役に使おうとしてんじゃねえか」
「へへへ」
こいつ……と思うが、どうせ彼女にフラれて週末の予定なんぞない。
まあ、気分転換になるか?
「わかった、行こう」
「! ほんとっすか! やー、せんぱい、彼女さんにフラれたってウワサ聞いてたからどうせヒマだろうなって思ったんですよー。カレー染み作らせちゃった甲斐がありましたわー、へへへ」
「オマエはあれだな、一言余計だな」
そんなこんなで出かけることになった。
それにしても──
映画を奢ってもらうこと?
ホントにそうだろうか。
* * *
待ち合わせ当日。
駅前は人でごった返している。
花森は笑顔でこう言いやがった。
「映画は夕方からっす!」
「はったおすぞ」
待ち合わせは12時っす! と言ってたのはどこのどいつだ?
どうりで
「せんぱいって勘がいいのにニブいって言われません?」
「どうして会って早々ディスられにゃならんのだ。オマエはデリカシーがないって言われないか?」
「まあまあ、どうせ彼女にフラれて暗い部屋でキノコのモノマネでもしながらジメジメしてたんでしょ」
「偏見と悪口って同義足り得るんだな」
「つまりですね、映画が始まるまで時間もあるし出かけよっか、ってなる流れなんすよ」
「偶然を装ってるけど全部オマエの狙いなんだよなあ」
「もう、ぐちぐちうるさいっすねえ。可愛い後輩がこんだけ言ってるんだから黙ってついてきてくださいよ」
「前世、暴君かよ」
「まずはインド映画見るんだしカレー屋さんに行こうってわけなんですよ」
「全然ひとの話聞いちゃいねえな。もうなんでもいいわ、付き合うよ」
「やったー!」
流されるままカレー屋に行くと、そこからは流されっぱなしだった。
流されるまま本屋に行き、流されるままゲーセンに行き、流されるまま服を見た。
花森はなにがしたいのかさっぱりわからん。今日は映画を見るんじゃなかったのか。
時間ってのは簡単に過ぎ去るもので、すぐに応援上映の時間になった。
「いいですか? クラッカーは機を見て鳴らすんです」
と語る花森は、全身にクラッカーを吊るしていた。
その数50個。百均の店員に怪訝な顔されたわ。
そして俺も強制的にクラッカー人間にさせられていた。
「機を見てって……どうやったらわかんだよ。初見だよ俺」
「大丈夫っす! 私も初見っす!」
「一気に不安になること言うんじゃねえよ。役立たずの怪人・クラッカーが二人生まれただけじゃねえか」
「えー? 盛り上がりそうなとこでパァン! ってすればいいだけじゃないっすか」
「……なるほど」
俺は考え込む。
こういう時こそ第六感が役に立つんじゃねえか? と。
きっと、そうに違いない! ここぞというタイミングで
見えたわ、勝機。
これでカンペキに応援上映できるぜ。
「悪いな花森。俺のほうがちょっとばっかし有利だったわ」
「? よく分かんないけど勝負なら受けて立つっすよ」
「負け戦が好みか? どっちがイイ感じに応援できるかで勝負だ」
「急に自信満々じゃないっすか! ふーん、じゃあ、負けた方がビール奢りで」
「やれやれ、後輩にたかるのは気が引けるぜ」
俺は意気揚々とスクリーンに向き直った。
* * *
「いや~~~、せんぱいゴチっすわ~~~あわあわがうまうまっすわ~~~」
「くっ……」
気が付くべきだったんだ。
ズギャギャと来てない時点でいい結果にならないって。
じゃあこれが悪い結果だったのか? と考えると、ビビビとも来てなかったから、違うんだと思う。
「せんぱい、やっぱり勘はいいのにニブいっすよねえ」
「じゃあオマエは鋭かったからうまいこと応援できたのか?」
「別に私が鋭いんじゃなくて、せんぱいがヨワヨワなだけですよ」
「実際ひどかったからなんも言えねえ~」
花森が全身のクラッカーを鳴らしきったのに対し、俺は半分も使えなかった。
会場が盛り上がり歓声や火薬の破裂音が響いてから、今だったか! と気付かされた。
第六感は、まったく働かなかった。
「なんで先輩が応援上映ヘタか教えてあげましょっか!」
花森はいつもの調子で言ってくる。いつもなら言い返すところだが、俺はマジメに考えてしまった。
正直、気になる。
今回、第六感が働かなかったことが重なったのだ。
付き合ってる最中には機能しなかったというのに、別れ話の予感だけ感じ取れた、あの状況に。
「……教えてくれ」
花森はビールジョッキを置く。両肘をついて手を組むと、その上にあごを乗せた。
ビビビと、嫌な予感がした。
「んじゃ質問です。私はどうしてせんぱいを誘ったんだと思いますか」
「え?」
酔ってるのか? 一体なんの話だ?
「ほーれ、わかんないでしょう」
「どうしてって、友達が来られなくなったからって言ってたじゃないか」
「あんなんウソに決まってんでしょーが!!!!!」
「噓なのか? どうして嘘を?」
「ちっ、だから言ってんですよ。せんぱい、勘はいいけどニブいんですって」
「ずっと言ってるよな、それ。どういうことだ?」
「映画はね、勘で見るもんじゃないんすよ。映画は感情なんです。感情が分からんようなやつにゃあ、応援どころも分からないでしょうて!」
花森は言葉を荒げる。
「おい、酔ってんな?」
「ええ、酔ってますとも! でもせんぱいは、どーして私がこんなこと言ってるかわかんないでしょ?」
「解らんだろ、そりゃあ」
「はーーーーーーホンマ! そんなんだから応援上映もヘタだし、彼女にもフラれるんですよ! ぺっぺ! ビールおかわり!」
花森は店員を呼びつけ、俺の出費を増やした。
俺はといえば、あまりのショックに開いた口が塞がらなかった。
そういう……ことなのか?
第六感は、感情じゃなくて、出来事を察知するだけなのか?
だから、フラれることは察知できても、フラれるまで気付けなかったのか?
「そんなんだから可愛い後輩が映画に誘った理由も解んないんでしょって話ですうー!」
「確かに言うとおりだ……教えてくれ、花森」
「そういうとこっすよーーーー!!!!」
「どういうとこだ!?」
「もうやだこのひとーーーー!!!!」
その時、ズギャギャと来た。
俺はこれから告白される。目の前の後輩に。
第六感は、感情じゃなくて出来事を察知する。
散々ディスられているが、それでも告白される。
俺の都合も考えてないような後輩に、それでも告白される。
理由は分からない。それでも。
俺はこれから、告白される──
第六感が役に立たないラブコメ 宮下愚弟 @gutei_miyashita
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