【KAC第六感】第六感探偵

結月 花

推理力より辻褄力

 私は山中浩二。しがない一人の探偵だ。事件が起きれば現場に行き、見事な推理でそれを解決する。私もその判で押したような探偵の一人なのだが、実は私には誰とも違う特徴が一つある。

 それは、私が第六感で推理をする探偵ということだ。いや、推理と言うと語弊があるな。私は昔から勘が鋭く、ピンと来たことは百発百中であたる。現場や容疑者を見るだけで、誰が犯人であるのかがわかるのだ。探偵をやる上でこれは大きなアドバンテージだと思うだろう? だが、これには一つ大きな問題がある。


「山中さん、今回も捜査にご協力いただき、ありがとうございます」


 指定されたホテルに赴くと、警部補の里見さんが出迎えてくれた。まだ若いながら有能な女性で、なかなかの美人。胸元までの長い黒髪とキリッとした猫目はモデルと言ってもいいくらいの美貌だ。おっぱいも大きくなかなかにスタイルも良い。そんな有能美人警部補の里見さんは、テキパキと状況を説明してくれた。


 今回の被害者は26歳のホステスの女性だった。犯行時刻は推定午前2時頃。恋人と共に午後10時頃チェックインしたが、その後部屋で喧嘩をしてしまい、午前1時頃に恋人が部屋を出ていったらしい。4時頃に戻ってきた恋人が部屋で変わり果てた彼女の姿を見つけた、とこういうことだ。

 話終えた里見さんが、現場写真を見せてくれる。ベッドの上に仰向けに倒れている彼女は全身に無数の刺し傷があった。長い黒髪が美しい、妙齢の女性だ。ホステスという職業だからか、下着のような格好をしている。


「全身を滅多刺しにされていることから、かなりの恨みを持っている相手と推測されます。知り合いの犯行の可能性が高いかと」

「うーん、なるほどね。怨恨か」


 私は唸りつつも曖昧に返事をする。彼女の言い分は理屈が通っているが


「容疑者の候補は出ていますか?」

「はい。容疑者は四人にまで絞りました。彼女の恋人であるホストの男性と、隣の部屋に泊まっていた中年の男性、そして午前1時半頃に彼女の部屋に訪ねてきたホステス仲間の女性が一人、最後にホテルの支配人です。このホテルは小さい施設ですから、この四名以外には考えられません」

「その四人の証言を聞きたいな」


 私が言うと、里見が頷いて「こちらへ」と手招きする。私が連れて行かれたのは、犯行現場の隣の部屋だった。

 部屋の中には容疑者である四名が椅子に座らせれていた。私は手近な椅子を引っ張ってきてそこに腰掛けると、メモを取り出す。


「はじめまして。探偵の山中と申します。検察に散々証言してうんざりしていると思うけど、改めてお話を聞いてもいいかな」


 私が言うと、四人は明らかに面倒くさそうな顔をしていたが、渋々といった様子で頷いた。

 私はとりあえず恋人だというホストの男に証言を聞くことにした。肩までの金髪とピアス。典型的なホストの男だ。

 彼はリュージと名乗った。午後10時にチェックインしたが、その後部屋で大喧嘩をし、1時頃に部屋を出ていったそうだ。パチンコを打って4時頃に部屋へ戻り、そこで事切れた彼女を見つけたと言う。ちなみに喧嘩の原因は別れ話だそうだ。動機もあり、最も犯行しやすい立場にいた人物であることは間違いない。だが、私はまだピンと来ない。

 続いて私は隣に座る女性に話しかけた。


「あなたは1時半頃に明未さんのホテルを訪ねたそうですね。なぜですか?」

「明未が彼氏と喧嘩したって言うから呼ばれただけよ。でも着いてすぐに彼氏から来いって連絡きたからすぐに帰ったわ。多分二十分くらいしかいなかった気がする」


 ふむ。犯行時刻からすると彼女が一番怪しい。なぜなら、彼女が部屋を出ていった十分後に明未さんが殺されているからだ。かなり怪しい人物ではあるが、やはり私はまだピンと来ていなかった。その他の二人からも証言を聞いたが、私の第六感は働かない。

 ううむと唸っていると、突如コンコンとノックの音がして、一人の中年女が部屋に入ってきた。


「失礼します。そろそろ時間なのであがらせてもらっても良いでしょうか」


 このホテルの従業員の服を着た地味な女だった。だが、その顔を見た瞬間、私の第六感が働いた。間違い無い、彼女が犯人だ。

 

「ああ、ちょっと待ってください。少しお話を聞いてもいいですか」

「はい?」


 私が声をかけると、中年女が訝しげな声を出す。明らかに不機嫌そうな目で私を見てくるが、ここで帰られてはまずい。だって犯人はこの女なのだから。根拠も証拠もないが、私にはわかる。だって私の第六感がそう告げているのだから。問題はここからだ。

 私の第六感は外れない。だが、それを証明するすべがない。「なぜこの人が犯人ですか」と言われて「勘です」と答える探偵がどこにいるのだろうか。だから私は今からなんとかしてそれっぽい理屈を組み立てなければならない。

 私に引き止められた女は露骨に嫌な顔をする。


「私は被害者の方も存じ上げませんし、何も聞いておりません。申し訳ありませんが、失礼いたします」

「ちょ、ちょっと待ってください。あなたは重要な参考人なんです。帰られてはまずい」

「だから、私は彼女を知らないし、殺す動機もありません。何を持って私が重要な人物とおっしゃるのですか」

「そ……それはあなたがこの殺人事件の犯人だからです」


 そういった途端、その場は水を打ったように静かになった。他の者達は瞠目し、中年女──田中さんはふんと鼻を鳴らした。


「何を根拠に。そこまで言うからには証拠はあるんでしょうね」

「証拠ですね、少しお待ち下さい」


 言いながら必死で頭を働かせる。勿論証拠も凶器の手がかりすら見つかっていない。私に推理力は皆無だ。だが第六感だけはある。私の目がふいに警部補の里見さんと、手に持っていた被害者の写真に吸い寄せられる。タイプは異なるが、どちらも黒髪でグラマラスな女性だ。その瞬間、私の第六感が働いた。


「田中さん、あなたは黒髪でスタイルの良い女性を憎んでいますね」


 私が言うと、田中さんの肩がビクッと震える。


「な、なんでそれを……」

「その答えは……そうですね多分ポケットの中にあるのではないでしょうか」


 私はさもそこに重要な手がかりがあるような言い方をする。だが残念なことに何が入ってるかは全く知らない。これも勘だ。でもなんとなくそこに大事なものが入っている気がしたからには自分の第六感を信じるしかない。

 すると突然、田中さんが激しく抵抗し始めた。何としてでもポケットの中身を見られたくないとばかりに身を抱え、その場にうずくまる。


「やめて! 私に触らないで!」

「田中さん、ポケットの中を見るだけですから」


 里見さんの指示により、何人かの検察が田中さんを羽交い締めにし、里見さんがポケットの中身を取り出していく。中から出てきたのは、ヘアピン、輪ゴム、ライター、ポケットティッシュ、などの日用品だけだ。


「ほう、これは興味深い」


 言いつつも、正直ゴミと同じようなものしか出てこなかったことに私は内心焦りまくる。だが、なんとなくポケットティッシュが気になった。理由はない、勘だ。私はポケットティッシュを手に持つと、中から有名俳優が描かれている広告をつまみだした。少し長めの金髪がよく似合うイケメンだ。途端に私の第六感が働いた。


「最近、この俳優が黒髪のセクシーモデルと電撃結婚しましたね? あなたは彼のファンだった。だからこそ、彼と結婚したモデルと似ている黒髪の女性が憎しみの対象となってしまった。そうですね?」


 冷たく言い放ちながら、「だと良いな」と心の中で念じる。だが、やはり私の第六感は今回も仕事をしたようだ。私の推理を聞いた瞬間、田中さんはギリッと歯を食いしばる。


「私がそういうビッチ女が嫌いだから何だと言うの!? 凶器がないじゃない!」

「凶器ならあります。ええと」


 言いながら私は部屋の中を見回す。すると、テーブルの上に置いてある果物ナイフが目に入った。私の第六感が素早く反応する。


「凶器はその果物ナイフですね。犯行後に洗って指紋も拭き取ったのでしょうけど、調べれば血液反応が出るはずです。鑑識に回してください」


 理由は述べない。わからないから。だが、これが間違いなく凶器だと第六感が告げている為、私は堂々と胸をはった。 


「事件の流れはこうです。ホステスのご友人が帰った後、被害者はルームサービスであなたを呼んだ。モデルに似た黒髪と豊満なバストを見て、あなたは思わず激昂し、手近にあった果物ナイフで滅多刺しにした。これは怨恨ではない、通り魔的犯行だったんです。この短時間で犯行を行えたのは、田中さん、あなたしかいません」


 なんとかそれっぽい感じで理屈を組み立てる。わりと穴だらけの推理だが、ここで大事なのは堂々としていることだ。自信満々で言い放つと、田中さんがガックリと肩を落とした。


「旬様と結婚したあいつが許せなかった……!」

「田中さん、お話は署で聞きます」


 里見さんの言葉に田中さんが手錠をかけられて連れて行かれる。やれやれ、これで今回も一件落着だ。後処理を終えた里見さんがキラキラした目で私を見てくる。


「山中さん、さすがです。まさか容疑者以外の所で犯人を見つけてしまうとは……ポケットの中に重要な手がかりがあったなんて気付きませんでした。しかし、なぜ彼女が犯人だとわかったのですか?」

「もちろん色々と根拠はあるけれど(大嘘)、最後は探偵としての勘かな」


 私は人差し指を立ててウインクをする。最後も何も、最初から最後まで全部勘なのだがまぁ嘘は言っていない。すると、里見さんの携帯がピリリと鳴った。電話に出た彼女の顔が段々と険しくなっていく。


「山中さん、またもや事件です。申し訳ないのですがまたお力をお借りできますか?」


 勿論力を貸すのはやぶさかではない。おそらく次も犯人はすぐにわかるだろう。問題は辻褄合わせだ。次の現場でも、それっぽいことが言えればいいのだが。

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