冷嘲熱罵

 体に溜まっていた熱を放つこと三度目。白眼視してくる理性を無視して、戦闘時とは違う熱に従う。

 

 種類は違っても起源はどこか似通っている。生殖の情熱と、殺戮の情念が似ているとはどんな皮肉だろうか。


 頬に添えられた手の感触で我に返った。こちらを見つめる女の目と視線を合わせた俺は顔を近づけた。


 唇を重ね、すぐに離れる。仕事の終わりを告げる合図だ。


 女を買う幸せといのがあるのか知らないが、あるとすれば面倒なアフターケアがコインで済むことだ。


「もう少し居てもいいですか?朝までの分をいただいてるので」


「良ければ寝ていくといい。クイーンサイズなんて一人じゃ使いきれない」


 先に用意してあった桶の水に手を入れる。冬の寒気に当たり水は凍りつきそうなほど冷たい。


 冷水に太陽神の力を入れる。即座に沸騰した、なんてことが起こらないよう。少しづつ。


 火の魔術でも同じことができるため太陽神の奇跡を行使できることはバレないはずだ。


 程よい温度まで温まった水にタオルを浸した。水気が十分に飛ぶまで絞り、女に差し出す。


「使うか?」


「いいんですか?」


 使って欲しくないのに差し出すわけがないだろと口にする愚行は選ばず、黙って頷くにとどめる。


 女の礼を聞き流しながら置いてあった蜂蜜酒の瓶をつかむ。


 二つのグラスに琥珀色の液体を注いだ。一つをベットサイドテーブルに置いた俺はもう一つを一気に空ける。


 飲酒と買春。今日だけで二つの規則を破ったことに激しい不快感を覚えた。


 度数の高い酒特有の焼けるような感覚と共になんとか飲み下す。


 ベストな選択だったと自分に言い聞かせる。


「使い終わったので、よろしければ……あ、きちんとすすいでおきましたよ」


「ありがとう」


 感謝の言葉を口にし、軽く身体を拭った。野戦に慣れているおかげで衛生状況に関しては図太くなったが、やはり清潔な方がいい。


 緩みそうになる心を抑える。蜂蜜酒を飲む女をチラリと見た俺はゆっくりとベットに横になった。


 陸軍の金で泊まっただけあってベットは心地よく包み込むように暖かい。


 目を閉じた俺は女が横になる音を聞きながらそのまま睡魔に身を任せたふりをする。




 女が起きたのはいつ頃だろうか。半分落としていた意識を覚醒させた俺は目を開けずに周囲を探る。


 小さな金属音と衣服が擦る音。気温からしてまだ日の出前だろう。


 細く目を開けた俺の視界にこそこそと俺の制服を漁る女の姿が写った。


 張り詰めた表情で制服を広げた女は襟の階級章のネジを緩める。


 こちらを向きそうな気配を察知した俺はそっと目を閉じる。


 直後に硬質な音を立ててネジが外れる。


 そっと目を開けた俺は階級章を外した女が裏返し、じっと観察している姿を視認する。


 俺は小さく眉をひそめた。

 

 士官の階級章の裏には名前と所属部隊、識別用の番号が書かれている。


 偽造用に作られた使い捨ての番号とはいえ軍の基準は満たしている。素人どころか軍人が見ても納得できるもののはずだ。


 財布には目もくれずそんな物を見たがるのはよっぽどのマニアか、使い方を知っている者だけだ。


 嫌な予感がしていた。この番号を活用できるのは参謀本部の人間だけだ。参謀本部のモグラも知らないわけではないが活動まで時間があったはずなのだが。


 まさか、末端の名前を書いたせいで状況がゲームから逸脱している?


 考えたくもない話である。だから安易に大物に触れることは避けたと言うのに。


 目を閉じた俺の耳に女が静かに横になる音を聞きこえてくる。密かに持ち込んだナイフの柄をなでる。


 やはり殺戮の熱と性欲の熱は異なる。性欲は発散すれば収まるが何人殺してもこの熱は鎮まりそうになかった。






 夜が明けた。相場通りの報酬を払った俺は借り受けた総督府の一室の椅子に腰掛けながらログンの報告を聞いている。


「当たりはなしか」


「そのようです」


 まだ一日目だ。時間は残されている。そもそもこの作戦自体短期的に効果を発揮する類のものではない。


「監視の方は?」


「酒場には交代制で付けてあります。怪しげな動きをした娼婦にも」


 抜かりはないか。やはりログンは優秀な副官だ。商人風の装いに身を包みながらも生真面目な表情を崩さない。


 もっとも、生真面目すぎるきらいがあるが。元々副官は情報分析に残しておこうと思っていたが、ログンは妻帯者であることを理由に遠回しながら現地調査を嫌がった。


 この気質は人としてはともかく武装修道士として足を引っ張られる時が来るかもしれない。


「閣下?」


「いや、なんでもない。憲兵は要請を出して動かしている。そちらの監視も忘れるなよ」


「キリスを付けてあります」


 大変結構。頷いた俺は部屋に集まった他の顔を見渡した。


 バルハットの小隊を含む昨日現地調査に赴いた兵士たちと総督府から借り受けた異端審問官たちだ。


 一部の兵士は二日酔いで痛む頭を抱えながらも各所から集めた書類の束を分担して読んでいる。


 極秘に入手した憲兵の内部書類から一般人の私的な手紙まで情報部が寄越したあらゆる資料を集めていた。


 軍の報告書の束を取った俺は最初のページを開き読み始めた。長丁場になりそうだ。

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千年帝国の聖騎士~ゲームの悪役に憑依したが悪役であり続ける 飛坂航 @WataruHizaka

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