僕の運命の人は素敵な幼馴染でした
雨空りゅう
第六感
直感が鋭いと言い換えても良いだろう。考えて出した答えよりも直感で選んだ答えの方が塚本自身に幸せを運んだ。
恋人にしてもそうだった。塚本には小さいころから共に育った幼馴染がいる。お互いを家族と思うくらい仲が良かった。お互いが思春期になると自然とそういう関係になった。
選んだ幼馴染は誰が見ても羨むそんな素敵な女性だった。
お互いの良いところ、悪いところを初めから知っていた。変な理想も抱かず等身大の相手を思いやる関係は他の誰よりも上手くいっていた。ごく最近までは。
塚本は最近できた恋人関係の問題をどう解消するか悩んでいた。直感が働かなかったのだ。どう動いても恋人との間に修復できない亀裂が走る。そんな気がした。だからだろうか、もう一人の幼馴染の呼び出しに外聞を気にせず応じたのは。
呼び出しの場所は今や使われていない空き教室だった。
放課後、塚本は空き教室の扉を開いた。カーテンは閉められておらず、夕焼けの赤い光が教室を満たしている。机や椅子は隅の方に片してあり二人だけが使うにはあまりにも広い空間。
その教室の真ん中で呼び出した人物は仁王立ちして待っていた。塚本のもう一人の幼馴染。
そんな彼女はいつもの三割増しで不機嫌な様子だった。こんなに不機嫌そうなのは幼馴染である塚本も久しぶりであった。
入ってきた塚本に篠原は開口一番に遠慮ない言葉をぶつける。
「あんた、なんであいつと別れないの?」
「いきなりだなぁ。どうしたのさ」
篠原の言葉に塚本は少々面を食らってしまった。
「いきなりじゃあないわよ。あんた、自分の彼女に浮気されてるの知っているでしょ?」
篠原は両手を腰に当てて塚本を睨めつける。嘘を吐くことを許さないと言外に告げていた。塚本は篠原の異様な迫力に目を逸らしながら答える。
「……まあ、知ってる」
グイと顔近づけて篠原は言葉を続ける。
「相手はあの人気者の片桐で人気者の二人はお似合いだって周りが言っているのも?」
「聞こえるよね。そりゃあ」
塚本が最初に恋人の浮気を知ったのは本人から聞いたわけでも現場を見たわけでもない。周りの噂だった。そのことを本人に聞いたらあっさりと認めたのだから途方に暮れるしかなかった。
「じゃあどうして?」
篠原は狼狽えたのか一歩下がり目を見開いた。塚本にはこんなにも篠原が感情的になる理由が分からなかった。
「現状維持がみんなにとっての幸せだから」
塚本は別れない訳を簡単に告げた。いつだってそうだった。自分の直感に従ってさえいれば自分も周りも幸せになれる。直感に従わなければならない。別れた方がいいとお告げがなければ別れるつもりなど塚本には毛頭なかった。
「な、なによ……それ」
篠原は声を失っていた。
「もういいかな。彼女を待たせているんだ。また明日」
塚本はこれ以上話すことは無いと篠原に背を向けて教室を出ようとする。
「待って!光!」
篠原が塚本の腕を掴む。塚本は振り返らない。彼女にどんなことを言われようと自分の考えを変える気はなかった。
「これは僕と清美の問題だ。心配をしてくれるのは嬉しい。けど幼馴染としての忠告なら聞かないよ。恋人の問題は当人同士で解決するべきだから」
「……がいいの」
ぼそりと篠原は何かを呟いた。塚本は聞き取れず思わず振り返ってしまう。
「え?」
お互いの目が合う。瞬間、篠原の感情が爆発した。
「そんなにあの女がいいの!? あんな女のどこが! あんたに愛されてるのに平気で浮気して! あんたの悪口言う女なんかのどこが良いっていうのよ……。みんなおかしいよ」
塚本は篠原の顔を見て息を呑む。彼女の両目は涙をこぼしていた。涙を流す姿を塚本は見たことがなかった。
「明……」
「嫌なのよ。あんたが軽んじられるのも、あんたが馬鹿にされるのも。清美が憎い。周りが嫌い。へらへらしているあんたが大っ嫌い」
塚本はぽろぽろと涙をこぼす篠原に無意識に手を伸ばして涙を拭っていた。自分には彼女がいるのも忘れて目の前の少女を慰めるのに頭が一杯だった。
「どうして?なんでそんなに……」
篠原は制服の袖でごしごしと涙を拭う。両目を真っ赤にしながら塚本を目をそらさず見つめた。感情がいっぱいいっぱいなのか震える声で告げる。
「好きなのよ。光のことが好き」
塚本には思ってもいないことだった。幼馴染として彼女を分かっていたつもりだった。男勝りで恋愛に興味ないと思っていた。彼女のことを何一つわかっていなかったのだ。
彼女の顔は紅く染まっている。それは夕焼けや涙以外の赤が混じっているように思えた。
「あんたとならきっと毎日が楽しい。どんなことだって乗り越えられる。幸せかどうかなんて関係ない。光と一緒なら不幸だってへっちゃらよ!」
塚本はその言葉で歯止めが効かなくなった。涙が止めどなく流れる。今度は塚本が泣く番だった。慌てふためく篠原。
「ちょっと!? 泣くことないじゃない」
まさかそんな言葉をかけてもらえるなんて思ってもみなかった。直感に従わなければ自分と周りが不幸になる。塚本は昔からそう考えていた。
だからこそ初恋の少女ではなく青柳と付き合うことに決めたのだ。不幸になって欲しくなかったから。
塚本は泣きながら篠原を抱きしめる。
「……ちょっと苦しい」
「このままにして欲しい。泣き顔見られたくないから」
「もう。しょうがないか」
篠原は照れくさそうに笑う。
塚本は十三年分の想いを込めて告げる。
「僕も好きだ。明」
「あー、どうしよう。これ浮気じゃない」
篠原は今更になって自分のしたことに気づいたのか頭を抱えていた。
「気にすることないんじゃない?」
「あんたはなんでそんな呑気なの!? 浮気よ? 浮気! あいつと一緒じゃない!」
「はあ」
塚本は悩み続ける篠原を見ながら連絡を取ろうとしていた。
「誰に電話してんの?」
「清美」
「は? ちょっと!」
篠原の予想外の人物だったのか慌てて立ち上がる。
「一緒に帰れなくなるから連絡しないと。あ、もしもし」
妨害しようとする篠原を避けつつ連絡を取る塚本。
「『あまりにも遅いからもう帰りました』」
恋人を待たずに家に帰宅した青柳にいつも通りだなと塚本は苦笑する。
「僕、明と付き合うことにした」
ちらりと篠原を見ると口をあんぐりと開けて固まっていた。
「『おめでとうございます。思ったよりも早かったですね』」
青柳は嬉しそうに祝福する。このあっさりとした感じはこうなることを予想していたのだなと塚本は確信した。
「やっぱり。明がいるのを分かってやったんだ」
「『私が誰がいるかもわからない場所で悪口を言うわけないじゃないですか』」
「だよね」
初めから違和感はあった。青柳は自分の外聞を気にする性格。元恋人がそんな醜態を学校内で晒すとは思えなかった。
「『ほとぼりが冷めたらまた三人でご飯でも食べましょうか』」
「わかった。それじゃ」
塚本は電話を切り周りをうろうろしていた篠原に声をかける。
「帰ろうか。光」
現恋人の前で元恋人に電話をする塚本に拗ねながら置いていた鞄を取る。
「わけわかんない。ちゃんと説明してよね」
「帰りがてら説明するよ」
お互いの手を絡めて二人は教室を出る。
二人の行く末を夕焼けが明るく照らしていた。
僕の運命の人は素敵な幼馴染でした 雨空りゅう @amazora_ryu
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