ブラックマーケット

石田宏暁

第六感

「昔の人はどうやって運命の人を見付けたのかしら」


「そりゃ、インスピレーションとか境遇かな」カートに野菜を入れながら、僕は答えた。野菜を食べたいとは思わないが、市場まで来て彩りのある食材をカートに詰める作業というのは、とてもリラックスできる。


「昔は親族が縁組みしたり、お見合いしたり。少し前なら、社内恋愛とか、友達の紹介とか、合コンとかじゃないかな」


「自分の狭い交友関係の中から見つけるしかなかったなんて、凄いわよね。その野菜、適当にいれてるでしょ」


「いいだろ、僕が何を食べようと僕の自由だ……別に間違ってるとは思わないけど。何でもかんでもアプリに頼って、結婚相手や夕飯のメニューまで決めることはないだろ」


 長い交友関係で、身近な彼女を好きになったっていいだろ。僕は、そう言いかけたのかもしれない。


 ここ数年で、携帯端末アプリはどんどんと進化していた。個人のDNAや摂取カロリー、不足している栄養素まで何でも教えてくれる。


「まあ、食べたいものを食べるくらい構わないけど、就職先とかパートナー選びは一生の問題だもの。やっぱりアプリを信じたほうが自分のためだと思うわね」


 こんな世の中じゃ、誰だってそう思うだろう。ビッグデータがシュミレーションした未来を受け入れて、幸せになる時代。


 それは僕らの祖父母の時代からだった。そして両親、僕らと集積されたデータはより精度を増している。


 就職の時期がくれば、自分にあった会社と部署を紹介してくれ、マッチングアプリは、結婚適齢期の相性ぴったりの人を紹介してくれる。


 あげく食事のメニュー、デートコース、ホテルの予約、キスのタイミング、エッチのタイミングまで教えてくれる万能アプリ。


 大きく違反しない限り、罰則もない。ただデータベースに開示されている星印がほんの少し減点されるだけた。


 我が国家は色々な個人の悩みを、高度な科学と集計データであっさりと解決してしまったのだ。もう何も思い悩む必要は無い――。


「スマホも無い時代には、幸せの形も違ったんだよ。僕はもっと柔軟に生きたいんだ。君との相性は悪いってデータなのに、買い物やお喋りするのは、すごくリラックスする」


「ぷぷっ、あなた可笑しいもん。初めて会ったときから変わってたわね」


 僕にとって彼女は特別だった。小学二年生のとき、初めて人を好きになった気持ちを伝えたくて手紙に『好きだ』と書いて彼女のカバンに入れた。


 形態端末を使わないで紙に気持ちを書くなんて行為は、今では考えられない。男らしくビシッと決めようと思ったんだ。


 でも、その手紙は彼女の母親が見つけることになる。封筒に入れていなかったのがマズかった。彼女にも嫌われて、もう一生会わせる顔が無いと思っていた。


「自分からアプローチするなんて、ありえないと思ったけど、昔の人はたくましかったんだね。っていうか、恥ずかしくないのかな」


「遠回しに僕の過去をえぐるのは、やめてくれない? 恥ずかしいから」


 彼女の両親は、相性の悪い僕を嫌っていた。星印が足りないのは成長で補えても、生態データは誤魔化せないから。


「アハハハ。高校であったときはビックリしたわ。しばらく通学の時間をズラしていたでしょ、知ってるんだから」


 ようやく『なつかしいね』といって会話ができるまで八年。初恋を引きずるのは僕だけなのだろうか。だとしたら、僕はやはり可笑しい人間なのだろうか。


「君は運命よりアプリを信じた。何度か一緒に遊んだりデートもしたけど、酷かったね」


「……ぷぷっ、結局は三回告白されたわね。どうしていけるって思ったのよ。Mなのかしら?」


「違うよ。僕はソフトMだ」今なら僕も笑って応えられる。「観覧車。ちょっといい雰囲気になって、僕がキスしようとしたら、君は何て言ったっけ?」


「ああ、それはないわって。運命とか神様を信じてパートナーを決める時代じゃないもの。一時的な感情で相性の悪い人間と付き合うのは、変な気分だった」


「ふっ、だから僕はずっと君が嫌いだった」


「……知ってるわ」


「そうさ、君は最低だよ。何度告白したって答えはノー。そのくせ僕と相性の合う女性が現れる度に邪魔に入る」


 頭が良いのをひけらかすし、僕のデートコースに先回りして下剤を飲ませたし、炭酸が吹き出したり、ウンコを踏んだこともある。


「アハハ、ばれてたんだ!」


「……感謝してる」僕は肩を吊り上げて微笑む。「失敗すること、挫折や苦悩を知ったよ。何事も経験だから」


 誰も失敗しない時代、挑戦も競争もない世界。資源は限られていて、無駄なものは排除される管理社会。僕は息苦しさを感じていた。


 それが環境問題やエネルギー問題、人類にとって大切なことは分かっている。誰もが好きに資源を使って、勝手な創作物を作っていい時代ではないのも理解できる。


 でも、僕らは生きているんだ。コストや効率を重視して目の前の現実かのじょから目を逸らすことは出来なかった。


「それでも私のことを――」


 この感覚が何なのか、うまく説明できない。山勘かインスピレーション、霊感か直感、結ばれない恋への憧れ、エゴだらけの妄想、無謀な挑戦と背徳感。呼び方は分からない。


「嫌いだっていったわね」


「うん。嫌いだけど……愛してる。答えが一つだと思ってたら、もうそれより先の世界にはいけないよ。僕は色々な野菜で新しい料理を作りたいんだ」


「第六感に任せて、第一歩ね。やっぱりマトモとは思えないけど」

 

 僕らはリュックを抱えて闇市場をでた。壁外地区で彼女と出会えたのは幸運だった。端末を使わなければ待ち合わせすら難しい。


「昔の人はみんなやっていたことだ。絶対にやれるよ。さあ、行こう」


「うん。あなたとなら、きっと大丈夫。創作料理で世界を救って」


「あははは」


 僕は紙の地図を広げて赤い丸印を見た。きっと亡命すれば違う世界があると信じて。彼女にはまだ告白の返事を貰ってないけど、一緒に行ってくれるんだ。


 上手くいくに決まってるだろ? 



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ブラックマーケット 石田宏暁 @nashida

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