被験体17号の場合

真野てん

第1話

 とある大国の研究機関。

 ここでは日夜、人類の可能性を追求すべく様々な実験が行われている。なかでも超自然的な能力の開発にはことのほか熱心で、全国から集められた少年少女を対象にして今日も数々のトレーニングが課せられている。


「緑……これは赤」


 真っ白い個室にひとりの少年が座っている。

 目隠しをされ、机のうえに伏せられた複数のカードをめくりながら、見えないはずのカードの色を次々と的中してみせている。

 同室にはトレーナーとして白衣を着た男性職員がひとり付き添っているが、その的中率の高さに驚愕の表情を浮かべていた。


「オレンジと……黒。これで終わり」


「正解だ、おみごと。目隠しを取っていいよ」


 愛くるしい碧い瞳が屈託なく笑う。

 普段は苦虫を嚙み潰したような表情のトレーナーもこれにはニッコリだ。


 そんなマジックミラー越しに眺めていたのは、この施設の所長と主任研究員である。

 ふたりとも手元の資料に目を通しながら、感嘆の溜息をついていた。


「この17号の成績は素晴らしいな。すぐにでも報告書をまとめて書記長どのに」


「お待ちください所長」


「ん? 主任、なにか問題でも?」


 満足な実験データを目にして高揚としていた所長だったが、主任研究員の真剣な眼差しに冷や水を浴びせ掛けられたような気持ちになる。

 そもそもこのふたりは常日頃から相性が悪いことで有名で、職員たちはなるべく被弾しないよう、ふたりの会話には割って入らないようにしているほどだ。


 所長は自慢のカイゼル髭をねじりながら、主任研究員を睨みつける。


「同志よ。きみはいつもそうだ。わたしの指示に従えないようなら、粛清対象として自己批判してもらうことになるが」


「いえ、そうではありません」


「ではなんだ!」


「この少年の実験データには、まだ不可解な点があるのです」


 と、主任研究員は会話の主導権を奪い返すかのように、手元の資料に加えて新たなデータファイルを持ち出した。


「ご覧ください。彼は男性職員がトレーナーの場合はほぼ100パーセントの確率で、カードの色を言い当てております。しかしこれは女性職員がトレーナーになると極端に的中率が下がるのです」


「なに? それは本当か?」


「はい。前回、前々回の実験では女性トレーナーでしたが、的中率は約15パーセント。しかもどのカードを当てるにしても、ほぼ同じ色を繰り返すなど、まともな実験にすらなってません」


「……彼も思春期だ。女性職員のときは緊張するのではないか?」


「可能性としてはゼロではありませんが、なにか根本的にそういうのでは……」


 うーん。

 ふたりは珍しくおなじタイミングで首を傾げている。

 やがて所長が自慢の髭をねじりながら、ひとつの案を思いついた。


「同志よ。こういうのはどうかな」


「え? いや、それは……ま、まあ所長がそうおっしゃるのでしたら……」


 主任研究員は半笑いで、所長の案を聞き入れた。

 こと実験に関しては一切の妥協をしないことで知られている、この研究機関である。


 少年は再び、白い個室へと呼び戻され、すぐさま実験は開始された。

 今回のトレーナーは女性である。

 白衣の下のスカートを押さえ、なにやら落ち着かない様子でもぞもぞとしている。


「え? あれっ? えと、あの……ごめんなさい、分かりません。なんで?」


 目隠しをしたまま困惑する少年の様子を別室で眺めながら、所長と主任研究員はようやく合点がいったとお互いの顔を見合わせて言った。


「パンツだな」


「パンツっすね」


 その実力を高く買われながらも、被験体17号の能力が世に出ることはなかった。

 祖国に栄光あれ。


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被験体17号の場合 真野てん @heberex

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