見知らぬ天井

御角

見知らぬ天井

 目が覚めると、そこには見知らぬ天井があった。天井だけではない。今自分が寝ているベッドも、身につけているパジャマも、そもそも部屋の隅々まで全く身に覚えがない。

 何故自分はこんなところにいるのだろう。記憶を辿ろうとするが、出てくるのは家族団欒で過ごす自分自身の思い出くらいである。確かに私は、まだ小さい娘と、よく笑う夫と幸せな毎日を過ごしていたはずだ。


 帰りたい。否、帰らなければなるまい。娘と夫を残してきた以上心配しているに決まっている。私はこの得体の知れない部屋から脱出することを心に決めた。緊張から足がふらつくが問題ない。

 私はまず、目の前にあるドアに恐る恐る手を掛けた。閉まっている。やはり誰かが私を閉じ込めたようだ。出鼻を挫かれ、少しナーバスになる。

 一体何故私がこんな目に……。娘に、夫に会いたい。

 そこまで考え私はその不安を振り払うように首を振る。ちょっと上手くいかなかったぐらいでクヨクヨしていては駄目だ。他の脱出路を探さなければならない。辺りを注意深く見渡し必死で糸口を探す。


 そうだ、窓はどうだろう。幸い鍵は内側についていた。高層階だった場合、体力に自信はないが、試す価値はある。えいやっ! と窓を全開にすると、眼下には緑が広がっていた。どうやらここは2階のようだ。これはラッキーと言うべきだろう。更に幸運なことに、一階にはベランダがあり、その間の壁面には何かのパイプもくっついていた。

 私は即座にカーテンを外し、ベッドのシーツを剥ぎ取り、得意のひとつえつぎ結びで即席ロープを作った。慎重に手すりに固定する。心臓が今にも飛び出しそうだがやるしかない。そういえば家族でバンジージャンプをした時もこんな感じだったっけな……。

 震える手を必死にロープに伝わせ、パイプ、そして1階のベランダへ飛び移る。足がじんわりと痛んだが、これから家族に会える喜びと比べれば屁でもない。後は、脱出するのみだ。

 その時、窓越しに誰かと目が合ってしまった。娘と同じ年頃の女の子が、大きな目を更に見開いて面白い顔をしている。少し可愛いと思ってしまったがそんな余裕はない。これは、人を呼ばれる前にさっさと逃げるべきだろう。私は慌てて駆け出し、見事、不気味な部屋からの脱出を遂げた。娘よ、夫よ、今、お母さんが帰るからね……。

 あれ、そういえば家はどっちだ?


「お母さーん! またおばあちゃんが脱走しちゃった!!」

「え、また!? 昨日も徘徊してたからちゃんと部屋の鍵かけておいたのに……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

見知らぬ天井 御角 @3kad0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説