俺はコイツの最初で最後の推しになる

田崎 伊流

第1話

推し活という単語をふと思い出す事がある。全ては過去の出来事で、更新などされず永遠にリピートされるだけ。ただ、それでも、忘れる事など出来る筈が無かった。





古臭くて小汚い外見の癖にオートロック式なのがこのマンションの魅力だ。いくら男の一人暮らしとはいえ安全に越したことはない。だからこそ招かれざる客が現れるなんて思ってすらいなかった。ピンポーンとチャイムが鳴った時も隣の人がまたお土産のお裾分けをくれるのかと期待して玄関を開けた。なのに、立っているのは制服を着た女の子。


「こんにちは、おじさん」


異様に堂々としている。どうやらこのショートカットは性格も表しているみたいだ。


「返事はなしなの? 挨拶されたら返すって教わらなかった?」


「……どうもこんにちは。それで、君は知らない人のチャイムでも押して回れと言われているのかい?」


ここは大人の余裕を見せつつキレイに切り返してやった。さぁ次はお前の番だ。このエグイ程曲がるカーブボールを打ち返せるかな⁉︎


「そうよ。でももう一つ用事があるの。おじさん、私で推し活してみない?」


新手のセールスマンかと疑った。だがそれはあり得ない。見てくれもそうだが何せここはオートロック。全住民が忌み嫌うセールスマンが入り込める筈が無いのだ。ん? オートロック⁉︎ そういえばコイツ、どうやって侵入したんだ? 頼むからマンションに住んでいる子供なんて言わないでくれよ。


「ふふっ、状況が呑み込めずにいるみたいね。それもそうだわ。でも詳しい話は中でしか言わない。いつまでも玄関じゃ、少し寒いし」


さっきはコイツの事を堂々だと言ったが訂正しよう。コイツは、とんでもなく図々しい。が追い返しても面倒になりかねないのでとりあえず家へ入れた。オレンジジュースとクッキーくらいはあったはずだ。




「…………」


クッキーを口に含むとジュースをゴクリ。中へ入ってからコイツがした事といえばそれだけだった。推し活とは一体……何故俺に言うのか、気にはなるがこうも黙られては子供相手と言えども話を切り出しづらい。だから、さりげなく聞く事にした。


「今から夕飯の支度をするが、食べてくかい?」


ひとまずは沈黙を破る事に成功した。台所へ向かう動きも合わさり更に話しやすくなったはずだ。そして、俺を目で追いながら


「……いい。寂しいだろうけど独りで食べて」


とジュースを一気飲みしてから言った。返事はどうあれ会話が続いたのだ。これは最大のチャンスであり、もちろん逃さない。


「そう、か。…………ところで、その、推し活の……話なんだけど」


ジッと見られている気がする。幸いにも、料理をしながらの会話なので自然と目を合わせずに済んだ。


「どういう事、なのかな?」


「その名の通りよ。おじさんが私を推すの」


「どうやって、も付け加えた方が良かったな。言っとくけど、金銭絡みのやり取りは出来ないぞ」


包丁の勢いと共に最大の懸念点を吐き出した。これで諦めてくれると助かるんだが。


「お金は要らない。学校帰りに寄るから、今日みたいに家に上がらせてくれるだけでいい。」


立ち上がり、俺の方へ近づくと、でも と言葉を続けた。


「推しなんだから大切に扱ってね。今日はありがとう、また明日」


言う事は言ったとコップを流しに置き玄関へ向かって行く。そのままスムーズに外へ出て、扉がバタンと今日の終わりを告げた。






言うまでもなく、翌日からコイツは玄関に現れた。扉を開けると断りもなく侵入してくるが入ってからは意外と大人しい。一直線でリビングのイスに座りジュースやお菓子が出されるとそれに手をつける。そしてたわいもない話を何度か繰り返して暗くなる頃には帰る。本当にそれだけの流れが何日も続いていて、気づけば生活の一部になっていた。推し活ってのはこんなものでいいのかな、なんて思う事もあったがこんな日々に正解なんて無いのだろうと、静かに座る推しの姿を見つめた。

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俺はコイツの最初で最後の推しになる 田崎 伊流 @kako12

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