あなたは誰を推しますか?(隻眼の将軍キャラクター選手権)

飯塚ヒロアキ

第1話 某日

 とある日、空は雲一つない空模様。とても暑くも寒くもないちょうどいい朝だった。テゥーラ城塞の広場で登壇が設置され、城塞のすべての兵士が呼び出された。


 朝一に集合させられ、何が始まるのか、広場は少しざわついていた。隊列の中には物語の主人公シンゲンの姿もあった。一人だけ麻布の上下の服で、農民の恰好をしていたので、完全武装の兵士の中で浮いていた。


 後ろ頭をポリポリと掻き、大きなあくびをする。まだ眠そうな顔で隣にいた白狼騎士に話かけた。


「なぁ、今から何するんだ?」

「団長、自分たちもまったく」


 シンゲンは初代団長の意思を引き継ぎ、第二代白狼騎士団の団長に就任し、まだ、実感がわかないタイミングだったため、団長と呼ばれることに違和感を感じる。


 というより、農民なのにいきなり騎士にさせるは、団長が死んだし、顔が似てるからって理由で、団長にするは、といろいろ被害を被っていた時だった。今度は何をやるのか、顔を引きつらせてしまう。


 そして、呼び出した張本人が現れた。姿を捉えたその場にいた全員が、黙りこみ、背筋を伸ばして、敬礼した。純白の軍服に三日月の眼帯、茶色の長髪をかき上げ、軽い足取りで、登壇に上がる。笑みを浮かべながら目配りする。


「何を考えておられるのでしょうか……我が殿下は……」

「いやな予感がめちゃめちゃするんだけど」

「なに? 今から敵軍に突撃しろとか?」

「冗談はよせ。本当にそうなったらどうする」

「おはよう諸君!」


 いつものせっかちで、短気で、うるさいオルタシアが気分がいいのか、陽気にあいさつしてきた。それには思わず、何か悪い夢でも見ているのではと思ってしまうほど。


 目の前にいるのは残虐非道を尽くし、相手が女、子供だろうが、無慈悲に殺す将軍のため、なんて返答したらいいのか、わからず、まばらに小さな声でおはようございます、という。


「今日、ここに集まってもらったのにはわけがある」


 それにごくり、と生唾を飲み込む兵士がいた。また、無茶苦茶なことを言い始めるんじゃないかと心配していたのである。


 するとオルタシアの後ろには白銀色のショートヘア、黒装束に身にまとい、その上に軽装の革鎧を身にまとった背の低い少女が控えていた。彼女は白狼騎士団のメンバーでもあるエリゼだ。その隣には茶色の長いコート、短いズボンに革の長靴を履いていて、青い髪の毛を後ろの両側でお下げにしている若い女性、白狼騎士団のメンバーのジュリーヌがいた。この二人もまた何も知らされていない様子だった。

 

「諸君、今日は何の日か、わかる人はいるか?」


 唐突の質問に誰も答えようとはしなかった。オルタシアの視線がシンゲンへ向けられる。


「はい、シンゲン」

「って、俺、手上げてねぇーし!!?」

「うるさい。今日は何の日だ? はやく答えろ」


 かなりの強引なやり方だった。


「そ、そんないきなり言われても……え、あーえっと……」


 周囲に助けを求めるも全員が首を左右に振るか、視線をそらされた。しばらく間が空いてから白狼騎士団の団員らはあーと声を漏らしあれね、みたいなことをつぶやく。


「ち、ちょっと待ってくれよ……」

「貴様、まさか知らないとは言わせないぞ」

「えー」


 近くにいた白狼騎士の一人が耳打ちする。


「今日は推し活デーですよ団長」

「はぁ? 何それ?」

「先代団長が決めた、白狼騎士団のメンバーで誰が一番推しなのかを決める大会のようなものです」

「なにそれ、ドン引きなんだけど」


 厳格な騎士団にそんな行事を作っている先代団長の頭を疑う。というより、副官を全員女性を採用している時点で、ハーレムを作ろうとしていた思惑があった。


「年に一回の恒例行事です」

「年に一回って……」


 恒例行事ということに思わず苦笑いしてしまった。


「おい、何をこそこそしている」

「あ、いや、今日は、あれだろ、推し活デーだろ?」

「ご名答! その通り! 今日は誰を一番、騎士団内で推すかを決める大切な日である」


 ずんぐりとした体躯で白髪交じりの髪型は七三した白い髭を蓄えた男が頭を抱えた。彼は白狼騎士団のメンバーのランドル伯爵で、このテゥーラ城塞の領主である。


「我輩としたことが、この大切な日を忘れていたとは……なんということだ」

「え、落ち込むようなこと?」

「おれっちとしたことが、こんな大切な日を忘れているとは!! 俺は悲しいぞぉおおお」


 焦げ茶色の短髪。きれいな輪郭をした逆三角形。美男子。物静かそうな印象なのに声がうるさい。この美少年はマース男爵。同じく、白狼騎士団のメンバーである。


 シンゲンは視線がオルタシアの後ろで控えているジュリーヌとエリゼをそれぞれ一瞥し察した。


「なるほど、あの二人の中から誰を選ぶかってことか」

「おい、待て。この私、オルタシアを忘れてはならんぞ」


 それに騒然とする。オルタシアを選ばなかったら殺されるのでは、と不安な声がどこからか漏れた。幸いのことに本人の耳には届いていなかったが。


 登壇の上に三人の女性が立った。


「よし、では、私を含めてこの三人の中で誰を推すのか、まずはそれぞれ、列を作り、代表者を決めろ」


 それに言われるままにオルタシア、エリゼ、ジュリーヌの前に列ができ始める。


 誰を選ぶのか、悩んでいる兵士が右往左往していた。


 ランドルはジュリーヌを選び、マースはエリゼを選んだ。シンゲンは悩みに悩んだ結果、オルタシアを選ぶ。


「よし、まずはランドル、ジュリーヌのいいところを言ってみろ!」

「それはやはりおさげが似合うところであるな」


 共感するようにジュリーヌの方へ並んだ兵士らが首肯する。


「そして、どこかあふれ出る大人の妖艶さと錬金術師、薬学にも精通していて、負傷兵の治療には欠かせぬ存在。我輩はジュリーヌが一番、よいである」

「ふむ。真面目な回答だな。ありがとう。では次、マース、エリゼのいいところを」


 それに声を張り上げ、返事する。


「おう、待ってましたぁ! おれっちの推しは間違いなくエリゼだ。なぜかって?? 見ろよ! この小柄は体系を」


 それにその場にいた全員の視線がエリゼに集中した。


「あぁ~抱きしめたい。そして、この目、鷹のような細い目で、睨みつけてくるところとか俺っち、ゾクゾクする」

「キモい」

「そうそのクールなところもええぞ。そして、決定的なのはそう! この小さな胸、貧乳こそが正義なのだ! ダッハハハハーーー!!!」


 貧乳というワードに眉をピクリと跳ね上げさせて、目を細めると小さく告げた。


「殺す」


 エリゼが忍ばせていた短剣を取り出すとマースを殺そうとした。本業は暗殺者なので、その気迫はすさまじく、本気で殺そうとしていたので、周りにいた女性兵士が慌てて止めにはいる。


 オルタシアもさすがに苦笑いしてしまう。


「じ、じゃあ、次、シンゲン、この私を推せ」

「いや、そういわれてもな」

「このオルタシアを選んだんだろ」


(-ーーーマースとランドルに選ばれなかったから選んだとは言えないなこれ)


 シンゲンは必死にオルタシアのいいところを考えた。


「……」

「おい、何かないのか?」

「うーん」

「おい」

「ちょっと待ってくれ……」

「まだかー?」

「あ、そうだ! お前は凄くキレイで、凛々しくて、可愛い。それと実は猫が好きで、甘えたような声で、こー、猫ちゃん可愛い〜とか言ってる姿とか」


 それにざわついた。綺麗な顔をしているし、凛々しい姿でもある。それは誰もが知っていることなのだが、猫が好きでさらには甘えた声で猫ちゃん、と言っている姿のオルタシアが想像がつかなかった。

 

 シンゲンの言葉が信じられない、と思ったが、オルタシアの慌てふためく様子で、顔が真っ赤になっていることから信憑性が高くなった。


「あれ、俺、なんかまずいこと言った?」

「団長、暴露です、それは」

「え、暴露?」

「オルタシア殿下の誰にも知られたくない秘密を団長が公然の場で、暴露したんですよ」

「あ……」


 シンゲンは自分がやったことにようやく気がつく。


「団長、逃げて下さい」

「お、おう。そうする」


 オルタシアは身体を震わせ俯いていた。怒りの震えだと知り、シンゲンは仲間の背中に隠れるもオルタシアは見逃さず、告げる。

 

「とりあえず、あとで部屋にこい」

「はい……」

「気を取り直しで、さぁ、誰を推すのか、最終ジャッチだ」


オルタシアな人数を数え始める。


 広場の100人のうち何人の割合なのかを確かめた。エリゼ推しが40名、ジュリーヌは30人、オルタシアには30名いる。


「えーエリゼが40人、ジュリーヌが30人、私が、30人? いや、50人か。となると私が一番推す人が多いってことか」


 満足げにそう言うオルタシアにその場にいた全員が口を紡いだ。オルタシアが人数を明らかにカサ増しして数えた。不正行為に誰も言うことができず、黙認したのであった。


 そして、今期、推し女性はオルタシアとなった。



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